新与太随筆

以前運営していた、「与太随筆」をバージョンアップして引っ越してまいりました。目玉企画は、世の中の不条理を褒め倒して風刺する「褒殺風刺地獄」と、枠に囚われずに感化善導出来る話を紹介する「人生の教科書 一日一話」です。

洞爺湖サミット警備ー昇任試験と空き交番問題を乗り越えて

第34回主要国首脳会議の北海道洞爺湖サミットが、来月7日から9日まで開催されます。

遥か遠く北海道で行なわれる洞爺湖サミットの為に、首都東京も厳重警備が敷かれ町中のあちらこちらに、いつもは見ることの無い警察官の姿が見受けられる。

いつもは、昇任試験の為に下界に出れず庶民の前には顔を出さない警察官も、今回ばかりは顔を出さなければいけなかったのだろう。

『お疲れ様です!』

いつも現場に出ずに昇任試験でお忙しい警察官。

その為、空き交番問題が日本の治安維持に暗黒さをもたらしている。

昨今の洞爺湖サミットへ備えての厳重警備の町中に溢れる警察官の状況を見ると、十分に空き交番に配置できる警察官の絶対数はいるだろう。

そうすれば、質の問題は別個にして日本の治安維持に光を灯す事が出来る。

ただ、警察官は日本の治安維持ではなく自分の昇進が一番の職務。

その為に、日々、昇任試験の為に精を出しているのである。

その中をぬって、昨今は警備に顔を出しているいらしてくれているのである。

しかし、その演技により警察官不足という偽装をして、警察官増員という予算獲得及び権威拡大に成功したのである。

日本の警察の権謀術数は、世界の諜報機関と比べても誇れるレベルである。

交番とは、交代で立ち番をするとの理由で設置された。

だが、現在の交番の警察官は気象予報士である(http://ameblo.jp/takayukimie9141974171981/day-20080226.html )。

天候が良い時や季節は外に出てくるが、天候が思わしくなかったり厳しい季節の時は中に引っ込んでいる。

それに常に立ち番している交番などない。

立ち仕事が多く存在するこの世の中で、日本の警察官は足の筋力が弱いのかもしれない。

いい女がいたり天候が良い時等以外は、気紛れで立ちたい時に立つスタイルなのだろう。

気象予報士だからか高給取りであるが、足の筋力は弱いらしい。

だから、警察官がいようと交代で常に立ち番をしていない交番は空き交番なのである。

一応、昨年四月に警察庁は空き交番問題は解消されたと発表した。

偽装で勝ち得た人員増加と、経費削減の美名で行なわれた交番の統廃合との日本の治安悪化への方策で数字上は空き交番は無くなったのだろう。

恐らく・・・。

そして、これはOBの天下り先確保と言う利権増大にも利用できた。

空き交番に交番相談員という名で、OBを入れると言う。

そこには、また余計に血税を搾り取られるという事実はある。

でも、腐りきった警察組織に長年いて見聞きしただろうに、正義の仮面を被り全くそれを隠蔽してきた図太い精神性は,必ずや力になるだろう。

そんな金と権力と権威が大好きで保身のプロである警察官が、今回の洞爺湖サミットに備える警備に、彼等の価値観の中で一番重要な昇任試験を中断してもその任務を遂行しているなど涙ぐましいではないか。

だから、物珍しい警察官の群れに向かって、有難やと手を合わせようではないか。

この警察官の群れはそうそう見かけられない。

昇任試験の勉強が忙しいから。

それに良い季節になってきたから、交番からも外に出てくる警察官の姿も見掛ける機会が増えるし、気持ち良い季節になってきたので自転車でサイクリングする警察官の姿も多く見かけるだろう。

厳しい季節の冬の間は、自転車で巡回する警察官の姿はほとんど見られないが、暖かくなってくるとその姿が多く見受けられる。

昇任試験に精を出して疲れた身の上に、サイクリングは解消してくれるだろう。

警察官の皆さん、洞爺湖サミットが終われば昇任試験の勉強に舞い戻れます。

だから、短い間ですが頑張ってください。

応援しています。

合掌。

  1. 2008/06/30(月) 18:11:36|
  2. 褒殺風刺地獄
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

骨粗鬆症の福田康夫首相の治療法

<福田康夫政権の『骨太の方針』を決定し発表した。

しかし、福田首相なりに肝煎りで練りに練ったのであろうが残念ながら全く『骨太』ではなく骨が透かすかの『骨粗鬆症の方針』になっている。

もしかしたら、福田首相自身が骨粗鬆症なのかもしれない。

だからこそ、肝煎りで練りに練っても骨の無い透かすかの『骨粗鬆症の方針』になってしまったのだろう。

その為、まず福田首相を骨粗鬆症を治してあげようではないか。

骨粗鬆症は、まずカルシウム摂取不足がある。

カルシウム不足は、神経過敏になり苛苛しやすくなり感情障害を発症する事もある。

福田首相は、記者会見で切れた口調に高圧的になる事もしばしば。

国民全体の生活と安全を守るべき立場にありながら、事なかれ主義の逆切れ大王の福田首相は、多分にカルシウム不足なのであろう。

骨粗鬆症を治すには、簡単に言えば入るカルシウムが出て行くカルシウムより多くすれば改善する。

それは、経済と一緒だ。

歳出より歳入を多くする事。

その為の、『骨太の方針』であったが骨粗鬆症の福田首相には骨太には出来ないのは当たり前である。

だから、批判は酷である。

次に偏食や嗜好品の摂取過多も、骨粗鬆症の主要原因。

料亭政治の復活をさせた福田首相は、良いものをたらふく食べているのだろう。

食うにも困る国民はおろか、今の時代にも餓死者が出る国家の元首なのに良いものをたらふく食べていれば偏食や嗜好品の摂取過多になるのは致し方ない。

日光に当たらない生活も、骨粗鬆症になりやすくする。

密室政治を復活させた福田首相。

密室政治で日の当たらないところで談合を重ねていれば、日光に当たらない生活になってもしょうがない。

運動不足も、主要原因。

常に運転手つきの高級車で移動。

料亭や愛人との密会だろうと、それは変わりない。

そして会期中は、居眠りに執心する。

こんな生活では、運動不足になって当たり前である。

これらが、骨粗鬆症の主要原因で福田首相に当てはまる点。

この福田首相の骨粗鬆症の疑いを改善してあげる事が、引いては国民の幸せにつながるかもしれない・・・。

今回の『骨太の方針』は、公益法人などの無駄を削減していくとの方針であるが、具体的な数字を全く示していない。

そして、弱いところから歳出を減らす事は変わりないようである。

その典型が、『後期高齢者医療制度』という“姥捨て山法案”だ。

骨抜きで弱い者虐めの法案であるが、それは福田首相のせいではない。

福田首相は、体ではなく精神の骨粗鬆症という疾病にかかっている疑いがあるのだから。

この骨粗鬆症を治せば、必ずや福田首相の虐めも無くなり、

『骨身を惜しんで』

粉骨砕身で国政に従事してくれるかもしれない。

国民の汗水流した努力が、

『骨折り損のくたびれ儲け』

にならないように、まず骨無しの骨抜きである福田首相及び我が国の為政者の精神の骨粗鬆症を治してあげることが先決。

そうすれば、福田首相を初めとする軽薄な我が国の為政者も、好い加減骨休みも澄んだであろうので国民を、

『骨まで愛して』

くれるようになるかもしれません。

日本の為政者のカルシウムは、金ですがね。

合掌。

/span>
  1. 2008/06/28(土) 21:44:16|
  2. 褒殺風刺地獄
  3. | トラックバック:1
  4. | コメント:1

営業の極意は警察の押し込みにありー株主総会集中日に思いを馳せて

本日は毎年恒例の株主総会集中日。

各会場には、警察官の顔がどこでも見掛けられる。

そして、主要な企業には警察OBの顔が見受けられるのが常識になった。

どちらも、

『総会屋対策』

として雇われている例が多い。

総会屋とは、株式会社の端株を所有し、その権利を利用し、金品などを不正に要求するものである。

その主要な舞台が、株主総会。

株主総会で、その会社の暗部を声高に主張する。

「事なかれ主義」の日本の企業は、暗部を晒(さら)されるのを一番嫌う。

暗部の事情を知るのは株主の権利だが、その権利を行使されるのを保身の為だけに極端に嫌う企業側は、それを全力で隠蔽(いんぺい)しに掛かる。

そういう事情がある為に、必要悪として日本独特の総会屋と言う虚業が存在したのである。

だから、総会屋ももちろん悪いが、それを必要とした企業はもっと悪い。

「事なかれ主義」を廃し、責任に真摯(しんし)に対処していれば総会屋など自動的に絶滅する。

それは、活動する場所がなくなるのだから当たり前の事である。

また、子飼いにした総会屋を企業は有効利用した。

企業は、総会屋を子飼いにしても不祥事は隠蔽したまま。

そうすると他の総会屋が、その不祥事を嗅ぎ付けて飯の種に攻撃してくる。

それを追い払う業務を、子飼いの総会屋を総称する通称・与党総会屋が担う。

攻めてくる通称・野党総会屋を難なく抑えれれば、与党総会屋の地位は安泰。

野党総会屋は、与党総会屋の防御を突き破れば与党総会屋の地位を強奪する事が出来る。

そんな攻防が白熱するほど、企業は総会屋を必要悪と言うより肥え太らせて成長させていったのである。

最盛期の企業の総務部の始業時には、総会屋が毎日列を成したという。

端株を持っていなくても、並べば端金(はしたがね)を頂けるからである。

株主総会に出席しない総会屋も出現し、企業経営を圧迫するようになった。

そこに目をつけたのが、警察である。

そんな阿漕(あこぎ)な商売をする総会屋から防衛すると言う名目で、企業に足がかりをつけていった。

しかし守ると言うのは偽りで、実は警察が与党総会屋の地位を体良く奪取したのである。

団塊の世代で大量に取った警察官の有力な天下り先を確保した。

その為、警察官の天下り先の企業の不祥事が発覚しても、その警察の網で被害を最小限に食い止める。

犯罪を公平に、

『悔い改める』

事は決してしない。

そして、商法改正という総会屋殲滅を同盟関係の為政者と結託して実行した。

流石、抜かりが無い。

これは、他の業界でも一緒だ。

パチンコ業界を筆頭に、教習所やアダルトビデオ業界まで幅広く確実にあらゆる業界に猛進して増殖し暴利を貪(むさぼ)っている。

パチンコ業界への天下りと言う営業は、日本人の拉致問題を解決できない元凶。

そこまで、影響力を誇る営業はお手本である。

これらの警察の営業の極意は、『マッチポンプ』と『押し込み』による『一石二鳥』。

『マッチポンプ』とは、自作自演で問題を作り出して、それを解決し、その事により巨利に栄誉を得る方略。

犯罪を事前に防がず泳がせてそのマーケットを広げさせて、それへの恐怖を煽り、偽善者ぶってその防衛を買って出て、実はそのマーケットを奪取しその犯罪以上の利鞘(りざや)を稼ぐ手練手管(てれんてくだ)。

それも、この営業の優れたところは『マッチポンプ』と『押し込み』で利潤を得ただけでなく、それから派生して得た以上に利潤を副次的に増殖させている事である。

そこは、営業の手本そのもの。

一つを狙い十を取るその営業の熟練は、警察にしか出来ない達人技。

我が国の警察は、治安を守る事はしないが資本主義の国らしく阿漕な営業の手本を見せてくれる先駆者である。

つまり、日本の警察の考えは、

『阿漕な営業で、暴利を貪る事が治安維持につながる』

との考えで組織運営を行なっているのだろう。

日本の治安維持は、金でしか買えない。

日本の社会は、金本位主義。

そこを提示しているのである。

営業でお悩みの方は、警察のこの阿漕な営業を学びましょう。

必ず阿漕な暴利を貪れるはず。

それにより、金でしか買えない治安も維持できるであろう。

強欲さと計算高さ。

この警察の精神は、営業の鏡です。

株主総会集中日にて、その事に遅ればせながら気づかされた次第であります。

合掌。

  1. 2008/06/27(金) 21:59:27|
  2. 褒殺風刺地獄
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

『無能三兄弟』及び為政者への応援論文

小泉純一郎に始まり安倍晋三、福田康夫の近々の歴代三首相。

『無能三兄弟』と陰口を叩かれ、マイナスな評価ばかりが定着している。

しかし、この『無能三兄弟』もマイナスばかりではない。

と言うより、実はマイナスに負けず劣らずに『無能三兄弟』にはプラス面が多々あるのだ。

あまりにもマイナス面ばかり強調されるので、プラス面も見て評価してあげるべきだと思ったのである。

『無能三兄弟』の魅力や実力を、正等に評価してあげるべきだ。

そのプラス面を紹介したいと思う。

まずプラスになったのは、税金の負担である。

消費税も10%を検討されているが、地道に軒並みアップしている。

他に話題を作り、注目していない間に地道に地道に。

新税も続々と検討されている。

この税金の負担と言う項目は、幻想ではなく確実にアップしているのは誰の目にも明らかである。

次は、国民の国家に対する絶望感だ。

税金は上がる一方。

給料は現状維持なら御の字で、下がるのも珍しくない社会を作ってくださっているのは『無能三兄弟』等の為政者達。

「自民党をぶっ壊す!」

と声高に宣言した小泉君が壊したのは、実は日本社会の秩序。

『美しい国』

を作ると恥ずかしげもなく宣言した安倍君が作ったのは、弱い者虐めが横行する醜い国。

つまり、絶望をより一層助長させる為に『無能三兄弟』は職務を全うし、国民の絶望感をアップさせた。

これも確実にプラスにした実績である。

次は、国民の怒りである。

為政者の、不祥事と言い方を和らげた凶悪犯罪の連続。

その尻拭いは、全て国民の血税で補われる。

しかし、凶悪犯罪の犯人集団の為政者は反省すらしない。

それを反省せずに原因追求及び再発防止案すら考案せずに、舌の根も乾かないうちに増税を決する。

権利を削られるだけ削られるのに、義務だけは限りなく増殖させられている。

こんな『無能三兄弟』を中心とする為政者の所業に、怒りは確実にアップする一方。

これも確実にプラスに転じさせている実績だ。

次は、国内国外からの不信感のアップである。

アメリカの忠犬として、世界の情勢を狂わせて弱い者虐めをしている張本人である日本。

言行不一致も甚だしい。

この政策を推進した『無能三兄弟』を中心とした為政者は、着実に国内外の不信感をアップさせた。

金だけを出してリーダーシップを取れない世界情勢を見れば、不信感をアップさせた実績は一目瞭然である。

次は、言論統制の網もアップさせた。

個人情報保護法に国民総背番号制に盗聴法等に代表されるように、言論の自由を戦前のように反故にした。

国旗掲揚国歌斉唱も、義務教育の場でも強制に向かっている。

監視カメラも、全国各地に張り巡らせている。

正義の主張をすれば、思想犯として別件逮捕で捉えられる例も珍しくない現状になっている。

ここまで事実が揃ったように、言論統制の網がアップさせたのは明白。

マインドコントロールの度合いもアップさせている。

日本のジャーナリズムは、真実を報道しない。

権力の大本営放送を、垂れ流しするだけである。

大本営放送に真実はない。

真実ではなく、自分や自分の組織に好都合の情報を流させるのは日本の為政者の得意技。

その嘘を知りつつ、報道しない日本のジャーナリスト。

それを鵜呑みにする日本国民。

その鵜呑みは,年々レベルアップしている。

戦後は学生運動などがあった通りにリベラルな空気が主流に流れていた。

しかし、現在は急激に保守的になってきている。

それは、言論統制の影響も強い。

そこまで激変させて、ここまで自由に発する事が出来ない国家に仕立て上げた言論統制がアップしているのは誰の目にも明らかである。

更に更に、歴史捏造の程度もアップさせている。

アジアを守る為に、アジア各地に侵攻して多数のアジア人の命を奪い、自国民の多数の命を犠牲にしたのは事実。

話し合いではなく力で押さえ込んで、その上で、アジアを守ろうとしたと言う事であるのだろう。

南京大虐殺が無かったとする石川達三氏は、南京大虐殺が終わった後に南京入りしたから、元々見れるはずが無い。

また、東京裁判のパル判事が、

「日本は無罪だ」

と言ったとされる件。

しかし、これは隠蔽で実は、

「全ての責任をA級戦犯にするのはおかしい」

と言っただけなのである。

昭和天皇がポツダム宣言を聞いて、

「もう一度戦果を挙げてから、受諾しよう」

と言った後に、広島と長崎の原爆があり無垢に天皇の為に戦争に従軍した数多くの日本国民が命を落としたという事実も、意図的に隠蔽されている。これも、本当ならば教科書に載せるべき歴史的転換点であるのだから。

日々、歴史捏造を繰り返した為に、日本の歴史は嘘の塗り壁状態。

戦後、学生運動が敗戦して以降、確実に歴史捏造が増殖している証拠である。

それと平行して、侵略戦争という同じ過ちを繰り返す確率もアップさせている。

防衛庁が防衛省に格上げ。

日本国憲法第九条も、無理過ぎる程に拡大解釈して軍隊である自衛隊軍を紛争地へ積極的に派遣している。

言論統制で、思想良心の自由も弾圧。

正に、同じ過ちを繰り返す確率が戦前と同じかそれよりも高い程、アップさせているのも事実なのである。

まだまだあるのですがキリが無いので最後に、『無能三兄弟』を中心とする為政者の嘘のレベルアップについて論じたいと思う。

ここまで不祥事と言う名の凶悪犯罪を繰り返しておきながら、厚顔無恥にも指定暴力団以上の犯罪者集団として居座っている。

そこには芸術的な嘘で散りばめられている。

やろうともしていない歯も浮く公約で欺(あざむ)き、当選後にはそれを反故にして私利私欲のみで動く。

氷山の一角の不祥事と言う凶悪犯罪がばれても、舌を出して謝罪の演技をして影響なく凶悪犯罪を繰り返す。

ここまでの凶悪犯罪を繰り返して何ら影響の無い犯罪者集団を形成できているのは、その嘘のレベルが段違いである事は確実。

日々、嘘のレベルがアップしているのだ。

皆さん、ここまで列挙した事実を見てどうでしょう?

マイナスよりも、アップさせたプラス面が多いのは明らかに明白ではないだろうか。

ここまでアップさせれる元首に為政者は世界中を探しても、日本しかいないと私は誇りを持っている。

日本国をアップさせて、日本国民をアップアップさせている腕利きの元首、特に『無能三兄弟』と為政者には感謝しかありません。

ですので、誇りに思いましょう。

合掌。

  1. 2008/06/26(木) 23:00:06|
  2. 褒殺風刺地獄
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

政治家の神経過敏の治療法

鳩山邦夫法務大臣の『死神』騒動に町村信孝官房長官(http://blog.skeptic.jp/item/910 )の『万景峰号入港全面解禁発言騒動』と、些細(ささい)な事に激怒する繊細な政治家が増殖中である。

公人なれど壊れやすいデリケートな人物。

国民は増税に生活費の高騰に生活は苦しくなり、言論の自由や信仰の自由などを束縛され、搾取された血税を湯水の如く私的流用されても激怒はしない。

しかし、そういう明日をも知れぬ生活を強いられている国民は図太いので大丈夫だが、公人の政治家は些細な一言で傷つき激怒するデリケートな弱さを持っている。

だから、なるべく刺激しないように一言一言気をつけて発しなければいけない。

政治家は、神経過敏なのだろう。

国民の痛みには鈍感にいれるが、自分の些細な事を気にして激怒してしまう。

政治家は、家業な側面が日本ではあるので過保護に甘やかせて育てられたお坊ちゃまにお譲さまが多い。

だから、切れやすい性格になりやすいのは致し方無い事。

政治家は、国民から選ばれ多額の血税と末代までの栄誉と天文学的な利権を得る事が出来る。

公約という嘘を厚顔無恥に連呼して、それを実行せず、実行する気すらない嘘を突かれるとデリケートに過剰反応。

そんな、繊細な政治家を責めてはいけない。

この異常な神経過敏さが、日本の政治家のレベルの低さの要因かもしれない。

国民の為に存在する政治家が、国民を苛めつくして自分の私利私欲に放蕩(ほうとう)する日本の現状。

しかし、これは普通なら政治家の責任だ。

だが、日本の政治家は全く反省しない。

その職務怠慢を突かれると、傷ついて激怒してしまう。

そんなデリケートな弱い存在だからこそ、ここまでの凶悪犯罪を守るべき国民に負わす事が出来たのである。

正気なら、出来るはずが無い。

神経過敏だからこそ、敵意を剥き出しにして国民をスッカラカンになるまで攻撃してくるのである。

ここまでの神経過敏と、守るべき国民への神経鈍感を治してあげるには、この症状が末期症状なだけにかなり根気が要るでしょう。

それまでに、日本国民の犠牲が嵩(かさ)むのは残念ながら間違いない。

それをせめて出来るだけ、少なく済むようにしましょう。

神経過敏は、自分で自覚しているかしていないかでも治る時間も変わってきます。

日本の政治家は、その神経過敏と神経鈍感による国民虐めを自分達の凶悪犯罪だとは理解していない。

伝統だとしか思っていない。

だからこそ、根気が必須。

国民の痛みを分かり、責任ある立場の公人である自分の些細な毀誉褒貶(きよほうへん)を泰然と受けて説明責任を果たす。

そんな、最低限の政治家の責務を備えさせるには、まだまだ日本国民の犠牲と根気強い政治家への気遣いが必要。

政治家への心遣いとは、もちろん“心付け”。

政治家が一番好きなのは、“心付け”。

それも政治家の一番好きな“心付け”は、一般人とは一桁も二桁も桁が違う。

普通の神経過敏には漢方などの薬物療法が行なわれるパターンが多いが、政治家の神経過敏は多額の“心付け”。

多額の“心付け”が、政治家限定の神経過敏の薬物療法。

それを根気強く何世代にも渡って治療していけば、日本の政治家も少しは国民の為の政治をする事があるかもしれません。

もしかしたらですが・・・。

合掌。

  1. 2008/06/24(火) 21:44:55|
  2. 褒殺風刺地獄
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:1

“アルカイダ”鳩山邦夫法務大臣への賛同書

鳩山邦夫法務大臣が、歴代の法務大臣に比べて死刑執行のペースが速いとの事で、朝日新聞のコラムで、

『死神』

と表現された事で、大激怒している。

確かに、鳩山邦夫法務大臣は『死神』ではないと援護射撃をしたい。

『死神』は悪いイメージもあるが、その圧倒的な存在感に絶対的な力に畏敬の対象でもある。

と言う事は、鳩山邦夫法務大臣には絶対的な力は無いので『死神』と言うのは、本人に代わって失礼千万と抗議をしたい。

マスコミは、権力に対する批判精神を失ったら終わりだ。

確かに鳩山邦夫法務大臣は、日本の最高学府である東大でもトップクラスの秀才でもあったが、何にも活かせていない『死に学問』であるという『死畜生(しにちくしょう)』な議員であると言う事実はある。

また鳩山邦夫法務大臣は、実兄が鳩山由紀夫民主党幹事長で、実父が鳩山威一郎元外務大臣で、実母がブリジストン創業者・石橋正二郎の長女で、祖父が鳩山一郎元首相という大金持ちの名家に生まれたけれども、それを世の為人の為に全く利用しない『死金』を溜め込んでいるだけという『死戯け(しにたわけ)』な器量の悪さも確かに目立つ。

されど、そんな名門・鳩山家の伝統を守ろうと鳩山家の血統が『死に絶える』事が無いようにだけ必死に生きている。

日本国の法秩序の維持に日本国民の権利擁護の為に存在する法務省のトップである法の番人の法務大臣である鳩山邦夫君であるが、全く日本国民を秩序や権利を『死守』しようとする気も更々無い、

『死馬に鍼(はり)を刺す』

無能な議員であるという事も確かである。

アルカイダともペンタゴン(アメリカ国防総省)とも懇意な鳩山邦夫法務大臣。

そんな鳩山邦夫法務大臣が万人の日本国憲法は、有名無実化し『死文化』してしまった紙切れだけの法律。

つまり、日本国憲法の秩序は『死地』に陥っている。

そんな惨状を助長した鳩山邦夫法務大臣は、決して『死神』ではない。

『死神』では無く、正確に言えば鳩山家の未来永劫の繁栄だけの為だけに政治活動ごっこをする『死損(しにぞこない)』である。

その正確性を、今回の朝日新聞のコラムは間違った。

日本国は、『瀕死』の状態で『悶死』するまで猶予も無い。

だから、『死力』を尽くす余力も無い。

これは鳩山邦夫法務大臣等、為政者の、

『死地に陥れて後に行く(味方を窮地に陥れて絶体絶命の覚悟で戦わせて、初めて活路を見出す事が出来る)』

という、孫子の兵法を実行した国作りの一環なのだろう。

『死に体(しにたい)』の日本は、どう切り替えしていくのか?

田中角栄元首相の秘書官であった鳩山邦夫法務大臣は、アメリカのスパイだった事を公言しているが、その腕力と情報力を活かして何とか土俵際を残ってくれるでしょう。

次の首相最有力候補・麻生太郎元・外務大臣の盟友である鳩山邦夫法務大臣は、同じ“失言大王”の『死損』として全く『死角』は見当たりません。

こんな『死畜生』で『死戯け』の鳩山邦夫法務大臣は『死の商人』ですが、絶対的な力を持つ『死神』と呼んではいけません。

ですので、自粛しましょう。

合掌。

  1. 2008/06/22(日) 22:30:29|
  2. 褒殺風刺地獄
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

安倍晋三前首相と山崎拓自民党前副総裁の喧嘩の真実?

安倍晋三前首相と山崎拓前自民党副総裁との北朝鮮外交の姿勢の違い、つまり対話(山崎拓)と圧力(安倍晋三)の違いにより舌戦が繰り広げられている。

安倍前首相の、

「百害あって利権あり」

との名言を持って、山崎拓の北朝鮮利権だけを狙った外交を批判する口火を切った。

それに対し山崎拓は、

「名誉毀損に相当する。取り消しと謝罪を求めます」

と応じた。

これが国益を二分する二元外交だと批判が集中しているが、私はそうは思わない。

安倍前首相は、儒教の精神である年長者を敬う家父長制を前提とした年功序列制度を重んじた自重の発言で、自ら悪者となったのではないかと思うのである。

それは年長者の山崎拓を、敬う為。

それに、安倍前首相の圧力の北朝鮮外交も謙遜しているが多額の利権が転がり込んでくる代物だ。

安倍前首相が目標とする祖父・岸信介元首相が児玉誉士夫と組んで莫大な利権を奪取したアジア各国の戦後賠償利権と同じく、圧力による国交正常化の暁には北朝鮮に入り込んで、よく言われる川砂利利権やダムや発電所の利権に有り付く腹積もりだと言う事は謙遜していても目に見える。

政界タニマチと名を轟かせた水谷建設・水谷功会長と安倍前首相の密着振りからも、それは明白である。

なんせ水谷建設は、北朝鮮への不正送金企業であったのだから。

そして北朝鮮利権の親玉・山崎拓は、「対話」により金正日将軍様を金銭漬けにして上記の利権と共に馴染みの土建業に北朝鮮特需を与えて、その畝(うね)を期待しての年季の入った利権漁りである。

確かに、二人は北朝鮮の利権政治家である。

しかし、その年季の入り方が山崎拓に比べると安部前首相は一段劣ると言っておかしくないと思う。

つまり安倍前首相の自重の苦言は、年長者を敬う精神だけでなく実力を冷静に認めての承服の姿勢を示した証拠なのではないか。

利権漁りの大きな目標は祖父・岸信介であるが、身近な目標で超えるべき対象が山崎拓なのであろう。

安倍前首相が信奉し山崎拓も甘受する日本独特の年功序列制度は、日本の為政者の得意とする事なかれ主義の象徴である。

安倍前首相は、首相任期中は閣僚やブレーンの不祥事が相次いだが不問を貫き自殺者一人も出した事なかれ主義の権化。

山崎拓も、自らの顔をしかめたくなる様な女性関係の醜態の実態を未だに説明せずに国政に復帰して従事する事なかれ主義のカリスマである。

事なかれ主義は、天下りも助長させる。

人事が硬直し、それに乗り遅れた人員を受け入れ先を国民の為に必要な事業であるとして作った公益法人や癒着する私企業に天下りする。

年功序列は、日本の為政者の既得権益を守る為には一番有効。

それを批判されて、年功序列を緩和して成果主義を導入したが実は成果主義とは名前だけで格差を助長させるだけのものであった。

つまり、安倍前首相や山崎拓のような強者の為政者は余計に肥え太り、弱者の庶民は余計に痩せ細るのみ。

つまり、二人は喧嘩をしているのではなく共に認め合って、自分達が生き残り、それももっと良い暮らしを貪(むさぼ)れるように結託(けったく)しているのである。

ですので、心配はない。

どちらも仲違いして、庶民の味方になる事はないので心配御無用である。

弱者の味方になって強者である為政者を叩き潰す行動に出るようであれば本当に仲違いした証拠であるが、そうはなるはずが無い。

強者だけに独占された利権の配分を、取り合っているだけ。

そのお零(こぼ)れを、庶民には一切廻さないので仲違いではなく競争である。

思い過ごしですので、安心して利権の貪りを遠目に見ておきましょう。

合掌。

  1. 2008/06/20(金) 17:23:28|
  2. 褒殺風刺地獄
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:1

組織論は警察に学ぼう

テレビ番組の改編期になると決まって警察の密着番組が、どの局でも放映される。

「人情刑事」

とか、

「新人警官の奮闘期」

という警察犯罪への目を逸らすためのプロパガンダに、全力で手を貸している。

私は、そういう警察プロパンガンダの密着番組が大好きである。

警察は、

『個人の生命、身体及び財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取り締まり、その他公共の安全と秩序の維持を責務とする』

業務を実力を持って行なう職業である。

しかし、百花繚乱の警察犯罪は多岐に渡り、

『個人の生命を犯し、身体及び財産の保護を反故にし、犯罪の予防を破り、言論の自由を鎮圧及び違法捜査し、冤罪の被疑者を逮捕し、権力や職により交通の取締りを免除し、その他公共の安全と秩序の維持を積極的に放棄する』

事に護送船団方式で組織全体で邁進している。

「人情刑事」に遭遇した事が無いが、「エロ刑事」は全国に大勢いる。

「奮闘している新人警官」も遭遇したことが無いが、「裏帳簿の書き方を教わった新人警官」は新人警官の登竜門である。

警察のように組織全体で護送船団方式による犯罪をすると、責任の所在が有耶無耶(うやむや)になる利点がある。

「皆で渡れば怖くない」

とばかりに、組織ぐるみで凶悪犯罪を繰り返し、組織ぐるみの隠蔽工作で組織の体制には影響が出ないように取り計らってきた。

それへ積極的に手助けする癒着の存在が、テレビ局で偽りの警察美談を各局が垂れ流して日本国民をマインドコントロールする。

その懸命なる偽りのマインドコントロールを見ていると、私は非常に微笑ましくなる。

それと共に、組織論として警察に象徴される護送船団方式が日本限定で堅牢な組織防衛をマネジメント出来る有効手段であると確信するのである。

腐敗した組織の防衛には、警察のような組織的な隠蔽の護送船団方式が一番安泰でいられるのだ。

これは、組織を持つ方々には非常に参考にすべき現実である。

特に警察のような腐敗した組織には、有効である。

形振(なりふ)り構わぬ癒着と隠蔽。

これが、日本の腐敗した組織の有力な組織防衛の形である。

警察は日本国民を守れないが、模範にはなれている。

その模範とは、腐敗した組織を無理矢理温存する方法。

これに関しては、ここまで完璧な範は無い。

組織のマネジメントにお悩みの方々は、警察のこの姿を学び参考にすると良いでしょう。

腐敗し放題でも揺るぎ無い組織を作り上げられる方法がぎっしり詰まっているので。

合掌。

  1. 2008/06/19(木) 22:09:09|
  2. 褒殺風刺地獄
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

殺人予告の先駆者は日本の為政者である

秋葉原の連続殺傷事件を受けて、模倣する殺人予告が相次いでいると言う。

ただ、厳密に言うと殺人予告はこれらの模倣犯が先駆けではない。

為政者からの殺人予告が、真の殺人予告の先駆けなのである。

最近では、後期高齢者医療制度という老人に対する殺人予告が有名である。

また、福田康夫首相がインタビューで、

「“骨太の方針”で、消費税の増税やむなし」

との発言をしたそうだが、これも国民に対する殺人予告である。

公僕の血税無駄遣いが、最近も頻発して露呈している。

国交省の官製談合事件で先日逮捕者が出たし、居酒屋タクシーで国民を驚愕させた。

医療費も着実に上がり続け、公共料金及び生活必需品の値段も全て着実に高騰。

その中で、骨太の搾取率アップを宣言できるとは殺人予告そのもの。

しかし、日本の為政者の殺人予告は罪の意識が皆無だ。

逆に自らの罪を省みずに、教育改革と銘打って道徳を解く厚顔無恥さは見事としか言いようが無いアウトローっぷり。

つまり日本国民は、都合のいい女なのである。

日本国民は、為政者に期待して血税と言う多額のお布施をして尽くし続けている。

しかし、為政者は都合のいい女である国民は“ヤルだけ”で、すぐにポイ捨てする。

尽くしすぎるから、甘く見られて都合のいい女になりポイ捨てされてしまう。

それに為政者にとって国民は、都合のいい女であり家畜でもある。

最低限の餌だけ与えていれば、自由などは与えなくて良い。

搾り取るだけ搾り取る。

利用する為だけに、存在するのが家畜である国民なのである。

何て骨太の改革だろう。

濃厚牛乳以上に骨太になる改革である。

国民の義務を国民は果たしているのに、日本国家は国民に権利を与えるどころか強制を強いている。

日本の為政者は何てアウトローなのだろう。

国家運営に日本の為政者は、完全に脱力出来ている。

為政者が掛けてくれているのを中心とする日頃のストレスで、ついつい日本国民は体に力が入ってしまう。

それでは、体に支障を来たしてしまう可能性が高い。

そうならない為にも、日本の為政者の無責任なほどの脱力を手本とするのが一番良いだろう。

ここまでアウトローになりきった日本の為政者は格好良い。

都合のいい女は、胡散臭いワルに惹かれてしまう習性がある。

そんな惹かれてしまう胡散臭いワルが、日本の為政者なのである。

いかにも、日本の為政者は胡散臭い。

言行不一致と言えば言行不一致。

言行不一致と言えば日本の為政者。

殺人予告の先駆けだけでなく、都合のいい女である国民を死に追いやっても微動だにしない冷酷さがワルっぷりが尽くす女である日本国民を虜にするのだろう。

何て、魅力的な為政者であろうか。

殺人予告は、日本の為政者の専売特許です。

そこを間違えないで、報道して欲しい。

大量殺人も、日本の為政者の専売特許。

実は、日本の為政者も都合のいい女。

アメリカさんの都合のいい女。

日本国民にとって“高嶺の花”の日本の為政者。

殺人予告をされようと大量虐殺をされようと、無償の愛という多額の血税寄付を尽くし続けましょう。

そうすれば、本命ではない都合のいい女の処世ですから。

合掌。

  1. 2008/06/18(水) 22:19:22|
  2. 褒殺風刺地獄
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

共感こそが日本人の生きる術

人間関係にとって「共感」は非常に重要である。

「共感」によって、人間関係を円滑にし、人間関係に必須の信頼を勝ち得る事が出来るからだ。

人間は、喜怒哀楽の「共感」によって互いに相通じた情を抱く事で懇意になっていく。

人間は、一人では生きていけないと言われる。

人と関わりなく生きていくことは出来ないし、生活すると言う事は支えあう事で責任を負うことにもつながる。

それに、人は人との摩擦なくして成長する事は難しい。

読書も、作者との会話である。

そこで、現代の日本に生きる日本人である私達は何に「共感」して生きていけば良いのかが気になってくる。

実はその答えは,一つである。

現代の日本人が「共感」すべきは、強者への「共感」である。

国家の国民の舵取りをする政治家や公僕と言う職は、

「弱者への共感」

が本来の存在意義である。

しかし、それは日本以外である。

日本だけは個性があるから、政治家や公僕の存在意義は、

「強者への共感」

なのである。

“姥捨て山法案”の後期高齢者医療制度も「弱者への共感」の典型的な例であるし、公僕の頻発する“居酒屋タクシー”のような公金横領も「弱者への共感」の典型である。

国民の体は国家のもの。

「お国の為に」

の名目で犬死させられた戦中の日本人と、現代の国家による弱者の嬲り殺しは正に一緒である。

その根底にあるのは、

「強者への共感」。

つまり「強者への共感」が、日本国の基本方針の中で弱者である庶民はどう生きていくのが良いのか?

それは、強者の側に近づき擦り寄る事。

見本は、日本政府の姿勢である。

対外的には“御主人”アメリカに“従順な忠犬”として平伏(ひれふ)して徹底服従し、対内的には日本国民に徹底的に搾取・弾圧・自由剥奪・人権強奪の雨霰(あめあられ)と強気に終始する。

日本では、弱者の庶民は人間として扱われていない。

何に扱われているかと言うと、奴隷である。

ただ、そこに噛み付いてはいけない。

四民平等になっても、身分差別は無くなるどころか深遠(しんえん)になっているのだから。

それならば、奴隷と扱われている事を感受し、人間扱いをしていただけるように権力者や権威に近づき擦り寄る事。

それが、弱者の庶民が人間扱いしていただける唯一の“自虐史観”である。

それにより、日本の権力者と権威に優越感に浸ってもらえる。

消費税などの税金が年々高騰するのに給料のベースがアップしないのは、政治家や公僕の公金横領や放漫経営のツケである。

だから税金の高騰は、政治家や公僕の後始末の尻を拭く“迷惑金”というのがオブラートに包まない真の名称。

だが、この不公平に拒絶しない日本国民の生き方こそ、

「強者への共感」

そのものの手本の生き方なのである。

「強者への共感」は、日本人が日本で生きていく唯一の手段。

これは自分や周りの人と享受すると共に、子どもにも日本独特の道徳として教え込む必要があります。

「強者への共感」とは、虐め等の暴虐(ぼうぎゃく)を奨励する事である。

これが、政治家や公僕等の日本の権力者と権威が背中で見せる生き方の道徳。

日本では、これからもっと生き辛い社会になっていきます。

何せ政治家も公僕も、国民の命など虫けらの如く蔑(ないがし)ろに扱われているのだから。

そんな生き辛い日本を生きていくには、テクニックが必要。

それが、

「強者への共感」

それのみです。

「格差社会」と言う事は、弱者が余計に陥れられると共に強者は余計に集権的に裕福になっている事なのだ。

つまり、そんな強者のお零(こぼ)れを狙うのである。

たぶん、小泉純一郎・安倍晋三・福田康夫の伝説的な三首相は公約に書き忘れたのだろうが、

「弱者は、物乞いしましょう。それが生きる術です」

という条項があったのだろう。

それこそが現代の日本国の政策である、

「強者への共感」

だ。

覚えておきましょう。

そうすれば、政治家や公僕のように庶民を嬲り殺して血税を我が物顔で貪り性欲に従順にやりたい放題出来る薔薇色の人生が待っているかもしれません。

これこそが、現代の日本の道徳です。

合掌。
  1. 2008/06/16(月) 18:37:27|
  2. 褒殺風刺地獄
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

継続は力(権力等)なり

継続は力なり」

有名な格言であるが、私の高校時代の恩師も口癖のようにこの格言を繰り返し説いていた。

その時は、この格言の有難さを理解できず心の中で反発していた。

細く短い人生を志向していた若き私は、この格言を老人の戯言(たわごと)と嘲笑(ちょうしょう)していたのだ。

しかし、三十路に入りしみじみと、この格言の有難さが身に沁みて来た。

年を重ねるごとに見えてくる景色も違い、志向も激変するものである。

「継続は力なり」

とは、

「物事を継続すればそれが力につながり、継続する事自体が力になる」

と言う意味である。

遅ればせながら三十路に入って気づいた、この格言の有難さ。

何故、それに気づいたか?

それは、この格言を実践する偉人が日本には非常に多いから、それが目に付いたからである。

まずその最初の偉人は、世襲議員の先生方。

世襲とは、一族で議員を家業としている人の事。

つまり、世襲議員の一族も最初は叩き上げであった。

通称・三バンと言われる鞄(金)・地盤(組織力)・看板(知名度)と言われる、日本の選挙で当選するには一番重要な要素と言われる能力である。

叩き上げには、全てを備えるのは至難の業。

一つでも揃っていれば良い方で、これは世襲を重ねるごとに備わっていく能力である。

日本の選挙は,候補者の政策や人柄や能力などは関係なく、三バンが重要な特殊極まりない選挙。

結局、日本の議員は世襲という家業にする事によって力(権力)につながると言う事なのである。

次にまたまた議員の先生にご登場願い、公僕の方々にもご参加願おう。

政治家と公僕は、日々不祥事と言う凶悪犯罪を繰り返しているのは皆さんご承知だと思う。

しかし、それが日常茶飯事になり感覚を鈍らされた庶民は、政治家や公僕が凶悪犯罪を犯しても驚きもしないし、すぐに忘れてしまうし、怒りも感じないので、それを改善する事を要求もしない。

そこまで国民を麻痺させる力は、政治家と公僕の継続した凶悪犯罪の賜物(たまもの)である。

最後に挙げたいのは、日本の言論統制である。

憲法で保障されているはずの言論の自由も、紙の上の事だけで報道機関が自主規制しタブーを作り出して言論統制する事で言論の自由を殲滅させている。

これも長年に渡る権力者の弾圧に、徹底報復の継続の結果である。

それでなければ、自由を一度手にした人間を不平等に盲目に従属させる事は出来るはずが無い。

「継続は力なり」

の“力”は、日本では権力であり暴力装置であるのだ。

独占し支配し強制服従させる能力。

他社を強制服従させる能力は、“継続する事”で確保する事が出来るのである。

その力学を身につけることが、権威主義が大黒柱の日本で生き残る唯一の手段。

「継続は力なり」

は、そういう人生の有難い教えなのである。

今になって私は気づいたが、重々心の中に留めて処世に活かしたいと思います。

何でもかんでも犯罪でも、継続すれば何かが見えて来る可能性大。

ニューヨークの治安を激変させたジュリアーニ前市長は、「割れ窓理論」で軽微な事の繰り返しがいつかは手のつけられない大事につながると言う理論を発表し,時際に治安を良くした。

政治家や公僕の凶悪犯罪も、「割れ窓理論」と一緒で凶悪犯罪の積み重ねで信用を得たのである。

継続は、あらゆる能力の源。

継続の有効性を、政治家と公僕の凶悪犯罪を片手に学んでみましょう。

それがタブーを作り出し、後世まで名を轟かす偉人になれる要因。

それも継続すれば、権力等の力は自ずとついて来る。

そうすれば、大成功。

成功した仕事を家業にして、継承する。

そうすれば末代まで、安泰の可能性は高い。

直情に気をつけ、継続を心掛けましょう。

そうすれば、権力に近づけるかもしれないので。

合掌。
  1. 2008/06/15(日) 22:01:48|
  2. 褒殺風刺地獄
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:1

「モンスターペアレンツ」退治には、モンスターの中のモンスターに!

大阪府堺市が、社会問題化している「モンスターペアレンツ」に対処する為に大阪府警のOBを「学校危機管理アドバイザー」として採用し、アドバイスを仰ぎサポートを要請すると言う。

暴行は伝統的に“躾”という事で日常茶飯事で、猥褻行為もパワハラもモラハラも普通に横行。

そんな兵の教師連中に、必要以上の理不尽なクレームをつけるだけで社会問題化になってしまう勇気ある親。

確かに、学者や専門家が空理空論で対策を伝授しサポートをしても実効性は薄いだろう。

それは、日本経済を停滞させただけの堺屋太一(元・経済企画庁長官)や竹中平蔵(元・金融経済財政政策担当大臣)が絶好の例だ。

しかし、実際に必要以上に理不尽なクレームをつけるのが専売特許の警察出身者であれば、真に効果的なアドバイスを発信し、サポートを出来るのは明白。

「名選手、名監督にあらず」

とスポーツ界では言われるが、犯罪の世界では窃盗の常習犯に窃盗の防犯を聞いた方が効果的に出来ると言われる通りに、その同じ犯罪の専門家にそれに対する防犯策を聞いた方が効果的に出来るのは当たり前なのである。

・贈収賄

・嘘

・情報漏洩

・汚職

・猥褻行為

・放火

・殺人

・レイプ

・覚醒剤

・隠蔽

・談合

・裏金作り

・猫糞(ネコババ)

・密輸

・脱税

・調書捏造

・脅迫

・違法捜査

・犯人隠匿

と、犯罪を捕まえるのではなく犯すプロである警察官。

国民の不幸や不安ににつけ込み、治安を守る為にといういかにも正論ぶった理由で天下り団体を作り、血税を絞りとるプロでもある。

全国各地の自治体で施行されている「生活安全条例」が、その良い例である。

年間30兆円以上の売り上げを誇るパチンコ利権も、警察OBが牛耳っている。

政界のフィクサーと言われパチンコ業界のドンと言われる熊取谷稔氏みたいな警察OBの跳梁跋扈は、爆発的な拡大路線を歩んでいる。

ちなみに、熊取谷氏は警察時代、現衆議院議員の平沢勝栄氏の同僚として数々の件に暗躍したと言う。

こんな実践派の先生はいない。

ですので、今回の堺市の警察OBを「モンスターペアレンツ」対策に天下り先を確保してあげるのは、全国に先駆けた良い案だと思う。

「モンスターペアレンツ」が手も足も出ない「モンスター」である、「モンスターポリスマン」。

どちらも頭文字は、「M..P」。

されど、実力差は歴然としている。

理不尽な要求をする「モンスターペアンレンツ」を退治するには、理不尽な要求の揺るぎの無い第一人者「モンスターポリスマン」のOBに任せるのが効果的な解決方法。

お得意の弾圧で、絶滅してくれるでしょう。

長期的に渡って、かなり金は掛かるでしょうが・・・。

合掌。

  1. 2008/06/14(土) 22:01:01|
  2. 褒殺風刺地獄
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:1

プラス思考は人生の特効薬(日本政府編)

日本政府は、前向きである。

究極のプラス思考の大家であるのだ。

象徴的な良い例が、戦後の対応である。

第二次世界大戦、三国同盟の仲間であり大日本帝国と共に悪名高きドイツとの戦後の対応が反比例しているので面白い。

あの戦争は、自衛の為の戦争だったという立場と、侵略戦争だったという立場と日本では真っ二つに論調が別れているが、今回はその事は関係ない。

ただ、はっきりしているのは自衛だろうと侵略だろうと他国の人民を大量に殺戮(さつりく)し、それに日本人が携(たずさ)わり、日本人も大量に命を落としたと言う事実。

これは、紛う事の出来ない歴史的事実である。

戦争に従事するのが強制でなかったとか、自害するのが日本軍の強制が無かったとか、そういう論議も今回は横に置いておきます。

他国民を大量に殺戮し、自国民も大量に命を落としたという事実は消す事は出来ない事実なので。

それは、日本もドイツも変わらない。

しかし、ドイツはマイナス思考だから戦時中の強制労働を全面的に認め、それへの基金も設立して責任を取ろうとしている。

だが我らがプラス思考の日本は、戦時中の従軍慰安婦を含める強制労働に関して、

「狭義の意味で強制は無かった」

と安倍晋三前首相が述べた通り(中曽根康弘元首相は戦時中、大日本帝国海軍主計少佐であったが、海軍の慰安所設立の予算の許可を出したと公言しているみたいですが・・・。)に、責任は無いとの立場を取り前向きに公金横領などの国家運営に励んでいる。

ドイツは、責任を認めて謝罪し保障もしてしまった。

責任を得意の曖昧さで回避し認めない前向きな日本に比べると、ドイツは余りにもマイナス志向である。

プラス思考は、物事の流れをプラスに転換してくれる。

マイナス思考は、何事にもマイナスに考えてしまう傾向が出来てしまい、流れもマイナスに陥ってしまう。

「失敗は成功の元」

というプラス思考の格言があるが、日本の戦後の対応を見ると、

「犠牲は繁栄の元」

という新たな格言が思い浮かぶプラス思考を突き進んでいる。

人間は、悩む事が好きである。

それに、人生は常に悩みが尽きないものである。

「病は気から」

と言う通りに、不快な感情は疾病の主要な要因。

プラス思考で意識的に生活する事で、人生に良い流れを引き起こす事が出来る。

意識如きではなく、意識で人生は180度変わってしまうのだ。

それ位、心の持ち方は重要なのだ。

だからこそ、能天気で無責任なプラス思考の日本は、お手本である。

先進国では自殺率段突のナンバーワンで、毎年三万人強の自殺者を生む国家を作り上げた能天気さはプラス思考のお手本と言わずして何と言えば良いのか。

マイナス思考に陥りがちならば、日本政府の真似をして潜在意識に組み込みましょう。

他国民はおろか自国民の命を蔑(ないがし)ろに出来て、それに責任を感じず堂々と厚顔無恥でいれる図太さ。

ここまでは無理にしても、少しは爪の垢を煎じて日本政府のような厚顔無恥の図太さを持てれば大丈夫。

国民の足を引っ張る日本政府も、背中でそれを回避する厚顔無恥な図太さを見せて手本となっているのであろう。

有難や、有難や。

世界的には恥ずかしい政府であるが、精神的苦悩の解消出来る方法を暗示してくれる手本である。

だから、日本政府にその運営をする議員と公僕の凶悪犯罪もポジティブに受け取ってあげましょう。

無理に無理を重ねて。

合掌。

  1. 2008/06/13(金) 21:30:04|
  2. 褒殺風刺地獄
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

日本の政治家の鋭さ

日本の政治家って、世界でも屈指の切れ味を持っていると私は自負して自信を持っている。

それは、質の良いシェーバーのようである。

シェーバーも、お手入れが必須だが日本国民の血税から賄(まかな)われた多額の給料と表と裏の政治資金で潤滑油もたっぷり。

そして、国民に極限まで負担を強いる事が出来るのでいつでも深剃りが出来る。

だからこそ、政治生命の長持ちも出来る。

シェーバーの長持ちに必須の変え刃も、自国民の替えが大勢いるので容赦なく帰ることが出来る。

また掃除のしやすさも長持ちの秘訣だが、日本国民は掃除という命の軽視をされても反旗を翻さないので掃除がしやすい。

最近のシェーバーは、水洗いが出来る機種が多いが、政治家がここまで凶悪犯罪を重ねても日本国民は水に流してくれるので容易に水洗いが出来る。

だからこそ、日本の政治家は質の良いシェーバーのように世界でも屈指の切れ味を誇っているのである。

現在のシェーバーは機能が更に良くなったから、無駄毛処理も容易に出来るようになった。

政治家の感じる無駄毛は、政治家のお得意の悪行を問題視する正義感に溢れた国民。

しかし、戦時中の翼賛政権のように回帰している現在の日本では、そういう無駄毛の処理も容易になった。

そんな世界でも名高い質の良いシェーバーのような日本の政治家の切れ味とは、何か?

気になりますよね。

それは、何かと言うと「二枚舌」です。

日本の政治家の「二枚舌」は、国民栄誉賞並の高貴な伝統芸能である。

嘘つき・矛盾・裏表。

この「二枚舌」の三種の神器の切れ味は、日本の政治家の右に出るものはいない。

その為、政治の世界は「二枚舌」が許された唯一の世界に作り上げたのである。

だから、政治家は国民を裏切り続けているが、裏切り続けても何ら影響も無く復帰も容易に出来る稀有な世界になっている。

しかし、国民は一回でも小さな裏切りをしても復帰は愚か社会から追放される事も珍しくない。

つまり戦後にアメリカの忠犬となった日本は鹿鳴館を作ったように、西洋化の風潮を作り出す為に西洋独特の魔女狩りを導入し国民の揚げ足を取りまくることで。ご主人であるアメリカへの同化政策を推進している。

そういう西洋かぶれの政策も、切れ味が鋭敏だ。

ご主人であるアメリカの、「二枚舌」の切れ味も中々のものだが、日本の政治家の「二枚舌」はご主人を完全に凌駕する。

従順な忠犬の日本も、そこだけはご主人にも譲れないところなのだろう。

私は今まで政治家の「二枚舌」に「猫舌」で気にしすぎであったが、それに鈍感になる事で「牛タン」のような旨味が味わえるようになる可能性が高くなる。

政治家の国宝「二枚舌」を見ていると、

「嘘をつくと、閻魔大王(えんまだいおう)に舌を引っこ抜かれる」

という格言が全くの嘘である事が分かる。

それよりか現在の日本では、政治家の専売特許「二枚舌」を「猫舌」で気にしすぎると、政治家の皆さんが日々舌鼓を打つ状況が崩壊しかねないので舌を打って不快になるので、国民は舌を噛んで自害しなければいけない状況に追い込まれてしまう。

舌先三寸の舌が長い政治家の、舌の根も乾かないうちに前言を撤回する「二枚舌」の鋭さ。

その鋭さには、流石に舌を巻いてしまう。

日本の政治家の世界一の鋭さを、私達日本人は疑問を持たずに自信を持ちましょう。

合掌。

  1. 2008/06/12(木) 22:42:29|
  2. 褒殺風刺地獄
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

控えめな日本軍・自衛隊

昨年の中国の軍事費が、フランスを抜いて世界第三位に躍り出たと言う。

世界一位は、不動のアメリカ。

二位は、イギリス。

四位が、フランス。

そして五位が、我らが日本(約4兆6000億円)という結果が出た。

日本は、世界で五位の軍事費を誇る軍事大国である証拠であるが、日本の軍隊は自称・軍隊ではない専守防衛の組織である。

何と、遠慮深いほど謙遜(けんそん)することか。

自衛隊は、列記とした軍隊である。

それも世界でも屈指の軍事力を誇る、軍隊の中の軍隊である。

専守防衛とは名ばかりで、憲法上必要最低限度を超える実力を保持しているのは明白。

近代戦を有効に遂行しえる意味の軍隊でもある。

そして、日本国憲法第9条で保持を禁止する陸海空軍その他の戦力を保持しているのも世界第五位の軍事費、約4兆6000億円を投入している事から明白。

房総沖でこの前、自国民を殺す軍隊の鏡の行動も自衛隊は取っている。

憲法では、軍隊を保持していないと明記しておきながら、名前ばかり軍隊ではなく専守防衛のわけの分からない軍隊を保持している矛盾。

つまり、法律では禁止しておきながら拡大解釈と誤魔化しで法律違反を正当化する、恥を恥とも思わない日本政府と自衛隊の勇気は賞賛するに値する。

それも世界でも屈指の軍事費を血税から出させておきながら、軍隊と自称しない謙遜っぷり。

控えめで、何と慎ましやかな事か。

それも列記とした世界でも屈指の軍隊であるのに、自衛隊と呼称させる言葉遊びの巧みさも諸手を挙げて賞賛したい。

先の大戦で、日本軍は侵略の限りを尽くした。

その反省からか、呼称と存在意義には謙遜する。

慎ましやかな、その態度は好感が持てる。

しかし、もう謙遜しなくて良いですよ。

あなた方、自衛隊は列記とした紛れも無い世界屈指の軍隊です。

それも日本国憲法第九条を根本から破棄する、戦力を保持する軍隊です。

自信を持ってください。

アメリカ軍の忠犬として、罪の無い民間人大虐殺のお手伝いをしているではないですか。

軍隊としての仕事を貫徹している証拠です。

世界中が太鼓判を押すでしょう。

自衛隊は、軍隊であると。

そして、日本の世相も戦前と同じく戦時下に向かっているという事を。

だから、大好きな戦争を行なえる地盤ももうすぐ出来上がるでしょう。

自国民を殺しても、何ら影響の無い組織なのですから。

合掌。

  1. 2008/06/10(火) 21:43:21|
  2. 褒殺風刺地獄
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

裁判員制度への付和雷同ではなく、支持表明文

一般市民がくじ引きで無作為に選出され、裁判に裁判官として強制的に参加する「裁判員制度」が、来年5月から始まる。

司法に対する信頼の獲得と、身近で理解しやすい司法とする為に導入すると言う。

実はこの「裁判員制度」は、国民誰もが火の粉が降りかかる他人事ではない制度。

67人に1人が、強制されるという制度なのだが確かに問題点も多々ある。

されど、私はこの強制の制度を制定した内閣は大英断だったと賞賛したいと思う。

なぜならば、日本の司法が最低最悪であるという事を理解しているという事なのだから。

法律は平等の為に存在するが、日本の司法に平等は存在しない。

日本の三権分立は名ばかりで、三権癒着という仲の良さを誇り司法の不平等を招いている。

独立して無くてはいけない検察と裁判所も、実は独立というのも名ばかりで検察の思惑に準じた判決を出すのが仕事の流れとなっている。

逮捕されて検察に起訴されると、日本の司法は99.9%有罪になるいう。

それは、実は無実でも何ら関係ない。

逮捕起訴後に無実が分かっても、強引に力技で有罪に持っていこうとするのが通例。

よく言われるのが、

「欧米の裁判所は、有罪か無罪か争うところ」

であるが、

「日本の裁判所は、有罪に持っていく為のところ」

である。

だから、検察に批判的だったり逮捕後の取調べで正義などを主張し検察官の癇癪(かんしゃく)に触れると、無実であろうと有罪に持っていかれる危険性があるのが日本の司法の偽るざる実情なのだ。

人質司法と言われる、問題点もある。

上記の理由で、検察は逮捕した被疑者は無罪であろうと気分次第で有罪に持っていくのが職務になっているから、身柄拘留するのが当たり前になっている。

そして、自白するまで釈放しない。

被疑者が無実で、それが途中で判明しても、検察のストーリー通りに自白をしないと外に出さないし、嘘でもストーリー通りに供述すれば刑も軽減するとの甘言で誘導し、近親者の身に危険が降りかかるとの脅しも入り冤罪が一向になくならないという現状もある。

つまり、検察の仕事は悪意に包まれている。

悪意に包まれているので、憲法の拡大解釈などお手の物。

正義を貫こうとする被疑者がいれば、別件逮捕を重ねて人質拘留を伸ばして精神的揺さ振りを掛ける。

連日、朝から晩まで密室で取調べを受ける。

日が嵩むごとに、自分の生活に対する心配が増していく。

勤め人なら、無実であろうと日本人は司法への無垢な信頼があるので会社側は被疑者となった被害者を冷遇するようになる例が多くある。

言葉の暴力に、手足での暴力もついたら検察の悪意のストーリーに平伏したくなるマインドコントロールの網が待っている。

だから猛者でも、中々抵抗できないのが日本の司法制度なのだ。

しかし、検察の甘言に乗り検察ストーリーを演じても、刑の軽減にはつながらない。

無実なのに刑の軽減とは言葉として適当ではないが、冤罪に見舞われた中での刑の軽減という意味なので悪しからず。

つまり、史上最強の脅しのプロであり、それを実行に移している暴力団が日本の検察なのである。

それを逃れるには、政財界の大物の圧力のみ。

その為、取調べの可視化という、取調べ中の撮影をしてくれという提案があるが検察側は断固拒否。

それは、検察の嘘と恫喝と暴力がばれてしまうから。

欧米諸国では当たり前となっている取調べの可視化も、日本の司法に平等と正義を取り戻す手段の一つであるが、それも適わなかった。

それも裁判所のトップである最高裁判所長官は、時の内閣が任命する。

つまり、時の政権の都合の悪い判決が出せるはずも無く、親友の検察も時の政権の都合の悪い捜査をするわけが無い。

結託しているという事なのである。

そんな悪の権化である日本の検察と裁判所を、少しは改善しないと一番の関心ごとである選挙に金をばら撒(ま)いても勝てないと悟った日本政府が考え出したのが、陪審員の真似をしつつ中身が違う「裁判員制度」である。

確かに、その「裁判員制度」には多々問題がある。

まず、くじ引きで選ばれれば強制であり、それに応じないと刑罰を受ける。

戦時中の召集令状の「赤紙」と一緒の強制は、人間としての人権を侵害し自由を侵犯しているのは確かに明白である。

更に、無作為にくじ引きで選出した裁判官としての資質の問題もある。

権力の御用機関と化している日本のマスコミの情報操作に、多大なる影響を受けやすい日本人が、公正な判決を出せるかとの問題は確かに存在する。

また、専門家ではないので判決にばらつきがあるという危険性も確かに存在するだろう。

これを小泉純一郎政権時に、“やらせ”と“税金泥棒”で世間を騒がせた「タウンミーティング」で主題として論議ごっこをされたが、この司法制度改革の「タウンミーティング」の“やらせ”と“税金泥棒”は何故だかマスコミは口をつぐんだ。

恐らく、日本の御用機関である大多数のマスコミの得意技・自主規制が敷かれたのだろう。

何せ、検察に睨まれれば冤罪が待っていますからね。

ならば、第四の権力として仲良くしておいた方が得と日本の大多数のマスコミは処世しているようです。

この二点以外にも問題点はありますが、結局は素人を裁判官にいれてもプロである日本の裁判官だけで裁判をやるより、公平な裁判を行なえると政府が判断したのだろう。

それは、正解である。

知識が無くともやる気が無くとも買収されようとも悪意があろうとも、日本の司法のプロが裁くより素人の方が公平に裁けるのだから。

それに、検察官の公金横領や女性問題など数多くあれど、マスコミが隠蔽に付き合うなど素人では出来ないほどの悪の限りを尽くす日本の司法のプロ。

だから、素人の裁判官がどれだけ資質に欠落していようと、日本のプロの司法には及びも無い。

だから、「裁判員制度」は日本の司法に今よりかは格段に正義と公平をもたらす事は確実な惨状。

それを認めて、選挙の為に改善しようと大英断をした日本政府には賛辞を送りたいと思うのである。

日本の司法に、正義や公正は存在しません。

それを少しは手に入れられる可能性がある制度が、「裁判員制度」です。

日本の司法はプロとは言っても、悪意に満ち溢れているので恐るるに足らず。

自分の価値判断で判決を下せば、日本の司法のプロよりかはまともな裁判を作れるはず。

それを自信に持ち、「裁判員制度」に臨みましょう。

合掌。

  1. 2008/06/09(月) 19:20:20|
  2. 褒殺風刺地獄
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

「消費税」を容易に上げるための方法指南

消費税の増税論議が水面下で熱を帯びている。

選挙までは、水面下で。

嘘の奇麗事を言って選挙民を騙し、受かれば常に追っていた腰を伸ばし顎を挙げて睥睨(へいげい)し公約を厚顔無恥にも破棄するので。

「取れるだけ取ってしまおう」

というのが政府自民党の伝統的な考えである。

それが日に日に、

「カラカラになるまで絞りとろう」

と言う風に変わってきた。

その為、消費税増税に反対論議がいつに無く巻き起こっている。

分からなくは無いが、どう反対しようと嘘と懐柔作戦で消費税はあげるのは目に見えいている。

ならば、こういう新税を採用するのはどうだろう?

それは、消費税ならぬ「浪費税」。

先日発覚した各省庁の居酒屋タクシー問題。

枚挙に暇が無い氷山の一角の公僕の凶悪犯罪であるが、そんな伝統の「浪費」はここまで根が深い習慣になっていると根絶する事は難儀だし、本人達に根絶する気が全く無いので改善及び根絶は現実的に無理だ。

ならば、そんな「浪費」に税金を掛けようではないかと言う正論である。

政治家や公僕の「浪費」は、国民がカラカラになるまで搾り取られた血税なので国民が憤慨するのは当たり前だ。

しかし、政治家と公僕が「浪費」を辞められないのも当たり前である。

良心も道徳心も無く、自己保身が職業的良心で受けた恩は水に流し、掛けた情けはは倍付けにする自己保身や自己実現の為には使えるものは何でも使う傑物なのだから。

国民は、税金を払う義務があるが納税者の権利は与えられていない。

これらの事情を総合して判断すると、性悪説の象徴・政治家と公僕の趣味である「浪費」を無くそうと言う絶対無理な事はせず、その「浪費」に税金を掛ける「浪費税」を新設するのが一番。

そうすれば、政治家の先生方や公僕の方々が、一番ウザイと思われる国民の非難を削ぐ事が出来るはず。

そうすれば、今までみたいに「浪費」しまくりでも大丈夫でしょう。

間違いを直視せず、最初から誤りが存在しなかったかのように体面を取り繕って「浪費」を繰り返す腐敗の限りを尽くせるのではないか。

ですので、自民党の先生にはこっそりアドバイスしたいと思う。

中毒の「浪費」は辞めなくて大丈夫なので、その「浪費」に「浪費税」を掛けて攻撃の圧力を軽減させる。

自民党の先生、こんなんでどうでしょう?

もし名案と思われてとしても、献金は受け付けませんので悪しからず。

合掌。

  1. 2008/06/07(土) 21:27:27|
  2. 褒殺風刺地獄
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

「有害サイト規制法案」への援護射撃

先日、俗に言う「有害サイト規制法案」が衆院を通過可決し、参院で通過して成立する見込みである。

私は、大大大大大大大大大大大大大賛成だ。

「有害サイト規制法案」とは、青少年を携帯電話の有害サイトから守る為に携帯電話会社各社にフィルタリングサービスというアクセス制限を設けさせようという法案。

確かに、有害サイトは青少年の精神に悪影響を来たす。

それにより、社会環境も劣悪に突き進むのは明白だ。

それも、私は現在の日本社会の閉塞感はこの有害サイトが影響を及ぼしていると感じる立場である。

だからこそ、有害サイトを規制する事に大賛成なのである。

そこで、何を規制すれば良いか。

私は、これだけは減らさなければいけないという有害なものがある。

それは、政治家と公僕の嘘と凶悪犯罪のニュースだ。

政治家と公僕の嘘と凶悪犯罪は、日常茶飯事。

それはつまり、反社会行為であり暴力でありアダルトでもある。

ルールが不公平な社会で損をするのは、弱者である国民。

そんな無抵抗な弱者である国民を報われない社会では、その国の政治への不信で充満し、法を軽視しそれを破る事を何とも思わない国民が増えるのは当たり前だ。

慎ましやかな国民が平和に幸せに暮らせるには、誰もが同じ条件で暮らせるルールに法律の執行が行なわれていること。

それが実現されていれば健全な社会の証拠だし、それが実現されていなければ不信は連鎖し凶悪犯罪の温床になる。

それは、つまりその国の姿を如実に現すものだ。

不信が連鎖して凶悪犯罪の温床になっているのが、残念ながら現在の日本社会の偽らざる姿そのものである。

その一番有害なものが、政治家と公僕の嘘と凶悪犯罪のニュース。

胸糞が悪すぎて、不公平感だけが充満しますからね。

だから、この「有害サイト規制法案」を構想し成立まで推進してきた国会議員の皆さんには感謝したい。

感謝しているので、政治献金を先生方にばら撒きたいのですが、カスカスになるまで極限まで搾り取られているのでそれが出来ないのが忍びない。

国会議員の先生が好きなのは、国民の幸福ではなく金と女と権力の三種の神器ですからね。

出来るだけ、貢献できれば良いなと思っています。

ですので、「有害サイト規制法案」は可決していただきたい。

政治家と公僕の嘘と凶悪犯罪は、青少年に不公平感と言う著しく悪影響を及ぼしますからね。

合掌。

  1. 2008/06/06(金) 21:14:20|
  2. 褒殺風刺地獄
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

美食家(グルメ)

常人よりも、美食を人並みはずれて希求する人を美食家と言う。

美食は芸術の域まで論じられる嗜好(しこう)で、精神的な充足感を充満させる食道楽として世間に認知されている。

そんな日本の中で、真の美食家は実はフードライターでも食の評論家でもない。

政治家と公僕なのである。

美味しい思いがしたい。

甘い汁が吸いたい。

そんな欲望に、飽くなき探究心で追求し続けているのが政治家と公僕なのだ。

国民は修羅の苦しみを味わいながら、政治家と公僕は美味しい思いがしたいという美食家としての欲望に素直に邁進(まいしん)している。

国民は煮え湯を飲まされ辛酸を嘗(な)め苦杯を舐(な)めさせられながら、政治家や公僕は甘い汁が吸いたいという美食家の欲求に素直に猛進している。

正に美食家の鏡が、日本の政治家と公僕なのである。

そこには、国民の苦渋など関係ない。

美食家は、周りの状況に左右されているようでは声高に名乗れない。

国民の為に働く職であり、その為に血税と言う莫大な税金を搾取している。

そんな事など、政治家や公僕には問題外。

国民の幸せの為に存在する職に従事する職なれど、そこには人情など差し挟まず非情に徹している。

つまり、真の美食家としてのプロ中のプロなのである。

そして、美食家と共に今流行の大食いファイターでもある。

色欲も強く金銭欲・権力欲も、日本でも屈指の大食いを実践しているのだ。

芸術にも評される美食家のジャンルも、ここまで極めていると尊敬に値する。

日本の政治家や公僕は、軽蔑と憤慨の対象であったが、こう考えてみると尊敬できるのではないか。

立派なものである。

日本の政治家と公僕の専売特許である凶悪犯罪も、論点を変えれば尊敬に変わるのだから世の中は面白い。

美食は、芸術である。

自国民という人間を食い漁る、人食い人種・日本の政治家と公僕。

いろんな意味で、尊敬できますね。

だからと言って、尊敬を強制はしません。

紙切れだけの思想良心の自由(日本国憲法第19条)が一応ありますからね。

合掌。
  1. 2008/06/05(木) 22:18:32|
  2. 褒殺風刺地獄
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:1

願・高度経済成長の再来

現在の日本の社会状況は、救いようが無いほど惨憺(さんたん)たるものである。

希望を全く持てなく、健やかに生きることが非常に難しい社会が日本の現実だ。

その原因は、国を動かす政治家や公僕。

だから、救いようも無いほど惨憺たる状況にしたのは、政治家と公僕の仕業である。

それは、誰もが異口同音に主張する紛れも無い事実だ。

しかし、ただ私利私欲のみで日本を惨憺たる状況にしたかと言うと、そうではないのではないかと私は思うのである。

実は、政治家と公僕は愛国心から敢えて日本を救いようの無いほど惨憺たる状況にしたのではないかと。

第二次世界大戦で敗戦した日本は、壊滅され尽くした。

アジア各国を殲滅し尽すと共に、自国も自国民も壊滅し尽くした。

しかし、たった10数年で世界でも稀に見る復興を果たし世界でも指折りの経済大国になる奇跡の大躍進を見せた。

俗に言う、高度経済成長である。

バブル崩壊で、日本の閉塞状況が表出し現在もそこから抜け出せない。

そして、その惨憺たる状況は泥沼にはまるばかり。

それは、実は政治家と公僕が意図的に作り出した社会状況ではないかと言うのが私の仮説である。

なぜならば、戦後の驚異的な復興は一度戦争で国家を壊滅され尽くした事での大逆襲であった為に、その状況を再度作り出して夢よ再びとばかりに、惨憺たる社会状況を敢えて作り出しているのではないかと思うからだ。

そうでなければ、ここまで自国民を人身御供のように無下に扱う事は出来ないはずだ。

心を持つ人間ならば。

それも一応、政治のプロである政治家。

そして、国民に奉仕(もちろん高給つきで)するプロである公務員。

一応、両者共にプロを名乗る以上レベルは低いとはいえ、ここまで劣悪な政治や奉仕が出来る訳が無い。

それでなければ、恥ずかしすぎてプロを名乗り高給を貰えるはずが無い。

高度経済成長よ再びとばかりに、その前段階として戦後のように日本及び日本人を壊滅し尽くしている政治家と公僕。

そこには、政治家や公僕が日本国民に強制する愛国心を一番発揮して、日本を惨憺たる状況にとことん陥れているのである。

政治家や公僕の愛国心は、真の愛国心である。

国民に愛国心を強制するだけの事はあるではないか。

強制する政治家と公僕の愛国心は、日本をもう一度洗濯ではなく破壊し尽くす事。

その構想での、この惨憺たる日本の状況なのである。

だから、政治家や公僕の愛国心と言う国民軽視は非常に有難い事。

現在の惨憺たる状況と戦後の凄惨な状況では、どちらが劣悪化というと甲乙がつけにくいくらい双璧である。

そこまで、惨憺たる日本社会を作り上げた政治家や公僕に幸あれ。

合掌。

  1. 2008/06/03(火) 21:32:55|
  2. 褒殺風刺地獄
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

食の信頼VS 政治の信頼

<現在、世間の不安を煽っているのが食と政治。

この二つが、双璧である。

どちらが王者か、この際決しようという試みを独断専行でやろうとしたのが、今日のブログでございます。

食は、産地偽装、消費期限切れ食品(ラベル張替えも含む)、偽装表示、使いまわし、毒入り等など。

一方の王者・政治は、公約破棄、弱い者苛め、汚職、談合、公金私的流用、不祥事隠蔽等など。

しかし、この勝負は実は圧勝である。

日本社会の不信の王者候補二つであるが、王者とランキング1位の差が大差なのだ。

王者は、どちらか?

それは、政治である。

政治の不信は、段違いで食の不信を上回る。

何故なのか?

それは、食は命の危険に直接に晒(さら)すが、その食品を口にする人しか命の危険性にさらす事がない。

しかし、政治も命の危険に晒すが、それはその国民全ての命を危険性に晒す爆発力がある。

それも、食に携わる人に比べて、政治に関わる人のほうが権力を持っており、事を起こしてもそれを揉み消したり隠蔽したり圧力をかけて亡き者にしたり出来るので、悠然としていられるのが政治なのである。

食に携わる人は政治的能力が希薄な為、悠然としている事は難しい。

そこが、段違いの実力を如実に表わしている。

しかし、食の信頼欠如も中々のもの。

政治不信には適わないが、日本の食が全て疑わしく見えてしまうまで信頼を欠如させた実力は政治もうかうか出来ないはずである。

だから、落ち込まないでいただきたい。

私は、判官贔屓(はんがんびいき)なところが多分にある。

だから、政治の不信の方が食の不信よりも、日本国民を不安にさせてその闇は深い。

それは、改善しようと全くしない政治と、少しは改善しようとしている食の不信のプロとしてのプロ意識の違いもあるだろう。

だから、食にも頑張っていただきたい。

このまま頑張って日本国民を不安に煽り、日本国民の命を蔑(ないがし)ろにすれば政治の不信を脅かす事が出来るやも知れない

しかし、絶対王者の貫禄を見せる「泰然自若」な政治不信を守って、行い続ける政治の強さは只者ではない。

政治の不信は、政治家への不信。

日本の政治家は、政治の能力は世界でも屈指に低いが、国民の不信を買い、それを継続する能力は世界でも屈指である。

どんな凶悪な犯罪を繰り返し、国民を蔑ろにし続けても良心の呵責にも苛まれず「泰然自若」に凶悪犯罪を繰り返して権威を保ち続ける厚顔無恥っぷりは王者の鑑。

爪の垢を煎じて飲みたい。

KING OF KINGS.

今回は、決戦はあっけなく勝負がつきましたが、一刻の猶予も許されません。

ですので、推移を逐一見守っていきたいと思います。

合掌。

/span>
  1. 2008/06/02(月) 19:48:18|
  2. 褒殺風刺地獄
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

プロフィール

Author:善導義塾塾長
1974(昭和49)年生まれ。日本体育大学卒で現職は御荷物三流ドアマン。趣味は、
・乱読(遅読派)
・アジテーション(扇動)
・権力の不正濫用に抵抗する事
・金をかけないトレーニング(鉄棒・平行棒を中心とする自重トレーニング、プライオメトリックス、SAQ等)
・日帰り低山登山(締めは立ち寄り湯)
このブログを基盤に、権力の腐敗を監視糾弾する為の執筆活動及び政治活動・社会運動に没頭したいというのが夢です。

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

友達申請フォーム

この人と友達になる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ