新与太随筆

以前運営していた、「与太随筆」をバージョンアップして引っ越してまいりました。目玉企画は、世の中の不条理を褒め倒して風刺する「褒殺風刺地獄」と、枠に囚われずに感化善導出来る話を紹介する「人生の教科書 一日一話」です。

日本のマスコミのエンターテイメント性は真実の追究を凌駕する

インターネットが普及し、一段と報道に接する機会が増えた。

しかし、気をつけていないと報道は実は二種類あるという事に気づかないで受け流してしまう。

二種類とは、権力者や公僕のような公人と一般市民の二人種である。

権力者や公僕のような公人には、自主規制という報道姿勢を貫く。

一般市民には、報道の自由を主張し、それを貫く。

つまり報道は、真実を伝えているわけではない。

権力者や公僕のような公人に関する報道ごっこには、自主規制が働き柔和な表現や申し合わせて報道をしないという事を日常のように実行している。

一転、一般市民に対しては報道の自由を盾に誤報、恣意的な偏向報道、行き過ぎ報道による恣意的な社会的制裁と有罪無罪問わずに徹底的に断罪する事を実行する。

その誤報が分かって糾弾されても、取材源の秘匿(ひとく)を盾に門前払い。

日本の報道はつまり、八百長なのである。

真実を伝えるのではなく、世の中を楽しませる。

その人身御供が、マスコミに狙いを定められた一般市民。

マスコミに狙いを定められた一般市民は、神に捧げられる生贄(いけにえ)。

そしてプロレスと同じく、ベビーフェース(善玉)とヒール(悪役)にマスコミは日本の人種を二種類に分けている。

ベビードールは、権力者や公僕などの公人。

自主規制して守り通す事で、ベビーフェースに仕立て上げているのだ。

ヒールは、もちろん一般市民。

報道の自由を盾に偏向報道に誤報の嵐で、一端の悪役に仕立て上げる。

そして、社会から追放させる。

悪役にさせる為に狙われた一般人は、神への最上級の御供え物である。

ここまで綺麗に二極化したプロレスほど、見やすく入り込みやすいものはない。

日本のマスコミは、真実を伝えるのではなくエンターテイメントとして分かりやすいプロレスを展開しているのである。

そこには、人権は全く介在しない。

真実や人権より、面白おかしく人の注目を浴びて売り上げを上げる事のみに邁進しているのである。

そのサービス精神は、日本のマスコミの素晴らしい所。

そして所属する会社の売り上げの為に、マスコミのプライドをかなぐり捨てて真実や人権より分かりやすい面白さを追求するなどなかなか出来る事ではない。

日本の報道は、その為、八百長が支配している。

真実を追究するガチンコの変わり者は、週刊金曜日やサイゾーや日刊ゲンダイや赤旗みたいな堅物ばかり。

私は真実を追究するガチンコより、嘘を塗り重ねて恣意的に八百長をプロデュースして面白さを作り出す八百長マスコミの方が楽しくて大好きだ。

日本のマスコミは、嬉しい事に嘘つきの八百長のスペシャリストが百花繚乱で揃っている。

特に大手マスコミは、特にスペシャリストばかり。

だから、大手マスコミの報道を真実と捉えるような青い事は恥ずかしいので辞めましょう。

それで切り替えて、大手マスコミが作り出すプロレスを楽しみましょう。

その人柱が、一般市民。

そこには人権は無いが、権力者や公僕の公人への御奉仕なのである。

我らが昭和天皇は沖縄を人身御供としてアメリカに捧げたが、そういう風に神に選ばれたならば潔く受け入れなければいけない。

神に捧げるのが、人身御供なので。

そしてそれが、日本国民としての愛国心であるのだから。

日本のマスコミが作り出すプロレスの流血は、本当の血。

真実味のある八百長報道は、最高のプロレスです。

日本の大手マスコミのプロレス愛は、真実の追究や人権擁護よりも尊いものであると私は思います。

無理にでも思わなければ、非国民と後ろ指を差されるので、気をつけましょう。

合掌。

  1. 2008/04/30(水) 22:07:14|
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昭和の日に教授する、昭和天皇の類稀な能力

本日は、昭和の日である。

言わずと知れた昭和天皇の誕生日。

昭和天皇を崇拝する私としては、心が非常に洗われる日であります。

その胆力は、尋常ではない物を持っていましたからね。

昭和は戦争の時代でしたが、やはりその一番の象徴は何と言っても昭和天皇であります。

それと共に経済発展も、昭和の象徴である。

そしてバブル崩壊。

その後に、雪崩を打つように企業や政治家や公務員の犯罪が発覚する日々。

その時の責任者の出処進退が、日本国民が尊敬する昭和天皇を見習っている点が愛国心に溢れていて素晴らしいと思ってしまう。

そして責任者に責任を及ばせないように命も賭す姿勢は、昭和天皇をお守りした愛国心溢れる日本国民のようで眩(まぶ)しかった。

その手本となる昭和天皇の出処進退は胆力も秀でていて、当たり前だが今振り返っても素晴らしすぎるのである。

国体護持の為に昭和天皇は、早期敗戦を忠言した近衛文麿の意見に対し、

「もう一度、戦果を挙げてから」

と一蹴。

その後に、東京大空襲や広島長崎の原爆。

終戦後に側近に対して行なった独白録が昭和天皇の死後に発見されたが、それは占領軍が東京裁判での訴追を免れさせる為に作らせた物と発覚。

戦後30年の時の会見では、その広島の原爆に対し、

「市民には悪かったが、やむを得なかった。」

と名言。

日本の繁栄を担った権力層の出処進退は、正に平和を愛し緑を愛する昭和天皇の出処進退そのもの。

責任者が、責任を取っていたらば日本の繁栄は無かったかもしれない。

絶対権力者がトップに君臨し、指令を出してそれを遂行させる。

この全体主義の形が、日本の繁栄のパワーだったのだろう。

それにはトップが、責任回避・責任転嫁・延命・自己保身を展開して、不動でいなくてはいけない。

その手本を、日本の権力層は忠実に模倣し続けた。

同じ立憲君主だった第一次世界大戦時のドイツ皇帝は、戦争責任を問われ断罪された。

なぜならば、百歩譲って開戦の意志が無くとも独走する流れを止められるのは、その君主しかいないから。

命懸けで止めに入れば、その君主ならば止められない事は無い筈だから。

その失敗を、昭和天皇は学んだのだろうか。

延命できたところか、平和主義者の勲章を掲げる事が出来た。

どんな理由があろうと昭和天皇の名の下に、大量殺戮が行なわれたのは紛れも無い事実。

どんな理由があろうと昭和天皇の名の下に戦った日本人が、大量殺戮された。

それでも、責任を問われなかった。

その出処進退の秀逸さは、企業経営や組織運営に非常に参考になる。

昭和の日は昭和天皇の誕生日だが、それを祝おうと国家が国民に強制している。

そこまで絶対視される存在になったら、こっちのものである。

生まれながらに人間には貴賎があるという事実も、昭和天皇は教えてくれた。

奇麗事では、世の中は生きていけない。

それをも、教えてくれる慈悲深い伝説の存在。

「部下がやった事だから、私は分からない」

政治家に代表される、組織や会社を守る責任回避の仕方。

こういう出処進退で未曾有の逆境を、容易に潜り抜けた昭和天皇。

だから、批判は慎まなければいけない。

日本国民ならば、

「天皇陛下、万歳!」

と北朝鮮のように無批判に天皇や皇族を礼賛しなければいけない。

こんなに勉強になる出処進退を遂行する人種は、いないのだから。

その伝説の存在が、昭和天皇。

責任があろうとなかろうと、逃げ切ったものが勝ち。

昭和天皇は、稀に見るボロ勝ちをした大家。

生まれながらに人間に貴賎がある貴の代表の天皇陛下や皇族は、日本のマスコミが報道協定を結んでいる通りに敬語をつけるのを忘れずに。

そして、昭和天皇の出処進退も忘れずに頭の片隅に置いておきましょう。

合掌。

  1. 2008/04/29(火) 22:12:08|
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公務員の無駄遣いは、無駄遣いにあらず

公僕さんたちの無駄遣いが、世間の怒りを充満させている。

先日の衆院山口2区補選で民主党候補が自民党候補に圧勝したのも、その表れであろう。

しかし、私達庶民からは公僕の無駄遣いだと思われるものも、公僕さんたちからすると決して無駄遣いとは思っていないのではないと思うのである。

つまり、必要経費であり生活上必要の給金としか思っていないので贖罪(しょくざい)の気持ちなど持つ筈が無いのだ。

ここが、庶民と公僕さんの相反する意識の違いである。

庶民にとっては、公僕の無駄遣いは血税の神隠し。

だが、公僕さんは公僕さんの伝統として、公僕さんの必要最低限の生活をするのに要する金額が庶民から見る公僕の無駄遣いであるのだ。

それが、血税の不正流用である事も、違法ではなく遵法(じゅんぽう)であるというのが公僕さんの伝統として脈々と引き継がれている。

その為の嘘も、公僕さんの伝統。

公僕が庶民に嘘をついても、それは伝統で公僕の世界では遵法。

庶民からは列記とした違法行為であっても、公僕の世界では遵法であり伝統であるならば攻める事は出来ない。

良心の無いものに、良識を求めるのと一緒だ。

庶民からすると、公僕の庶民虐めである無駄遣いという不正流用は、公僕の庶民に対するDV(ドメスティックバイオレンス)であろう。

現に私もそう思って憤慨していた。

しかし、法を犯し人を欺(あざむ)く事が公僕の伝統であり、それが公僕の世界では遵法であるならば、元々罪の意識が無いという事である。

それを日本の法律が許可しているので、どんなに公僕さんが横領しようと逮捕されない。

日本が国家として、公僕さんの横領を暖かい目で見守っているのである。

最近も増税や二重取りが促進されているが、全て公僕さんの無駄遣いようの費用だ。

日本という国家は、公僕さんが可愛くて可愛くてしょうがないのである。

庶民にとっては、公僕さんの一方的な暴力そのもの。

つまり、DVである。

しかし、加害者である公僕さんは罪悪感がないのだから精神疾患なのだ。

つまり、責任能力が無いのである。

公僕さんたちに、良心を求めるには酷。

それに応える能力が無いと言う事なのだ。

ですので、是非許して欲しい。

加害者の人権も、尊重されなければならないのだから。

精神疾患の加害者は、情状酌量される可能性がある。

弱いものを嬲(なぶ)り殺しても、情状酌量される可能性がある日本の法制度。

庶民を常に嬲り殺している公僕の皆さんも、良心の欠片(かけら)も無い精神疾患であるので、情状酌量されるべきなのだ。

それなので、私達庶民は泣き寝入りするように心掛けよう。

それが、可愛い可愛い公僕さんの為になるのだから。

と言うか、泣き寝入りはもう既に出来ていますよね。

失礼しました。

ですので、一意専心でこれまで通り泣き寝入りを継続し続け「大量嬲り殺し殺人鬼」公僕さんたちを暖かく見守り続けましょう。

「罪を憎んで人を憎まず」

ですね。

公僕の皆さんの庶民に対するエスニッククレンジング(民族浄化)に対する罪は、憎んではいけません。

よろしくお願いします。

合掌。

  1. 2008/04/28(月) 21:24:01|
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格差社会は、日本の平和の象徴(小泉純一郎元首相の名誉回復論文)

流行語にもなった格差社会。

小泉純一郎内閣の時の「痛みを伴なう構造改革」という期限の無い弱い者虐めで、格差社会が出来上がったような論調がマスコミを中心にあるが、それは濡れ衣である。

促進させた事は間違いないが、小泉内閣が作り上げたものではないと言う事を私は顧問弁護士ではないが歴史的証明を加えて援護射撃したいと思う。

戦後、高度経済成長で一億総中流社会となった。

終身雇用制が確立され、税制上も現在よりかは弱者に優しかった時代。

生涯をかければ、マイホームも手に入りうる生活。

日本国民のほとんどは総じて中流意識を持ち、実際にそういう生活を送れた社会であった。

しかし、バブル崩壊と共に、その一億総中流社会も崩壊していった。

強者は一層、強者に拍車を掛けた。

弱者は一層、弱者に拍車を掛けた。

大多数がいた中流が、ほとんどいなくなった二極化、つまり格差社会が出来上がったのである。

強者は、弱者を保護せず徹底的に追い落とす。

その為、格差は拭えないほどの広がりへ突き進むように侵攻している。

確かに、戦後からバブル崩壊までは経済に置いては身分制は関係なかった。

しかし、その根底にあった人物の貴賎、つまり身分制は変わらず存在していた。

だから、戦争の悲惨さから平等意識が芽生えた戦後には経済に置いての平等が表出したが、そんな事も一瞬であった。

根底には、人物によって判断する身分制が厳然と存在していたのだから、それは、しょうがない事だ。

日本には、身分制度が太古より存在し、悲惨な戦争を経ても、何の影響も無く身分制度が生き残っているのだから、平等が根付かないのは当然と言えば当然だ。

身分格差を無くそうと言う気持ちも、起きる訳は無い。

上流階級の方は、その美味しい身分を脅かされるのが一番の恐怖なので下流社会の人間が実力で立身出世する事を出る杭は打つ如く、芽を摘むのに全精力を注ぐ。

それには、身分制を残す事が一番容易である。

戦後は、悲惨な戦争から、その日本独特の秩序が義憤に駆られて一時崩壊し掛けた為に、本田宗一郎や松下幸之助などのような世界に名立たる立身出世の実話が数多く誕生した。

明治維新も、同じ義憤からの立身出世が数多く生み出された。

しかし、現代はその義憤も土着の身分制度の歴史的な色濃さに押しつぶされて、もう絶滅したようなものだ。

金持ちの子しか金持ちの道しか歩め無いと言うルートが予め決定しているという社会となっている。

だが、これはバブル後に出来上がった訳でもなく、「弱い者虐めの天才」小泉首相在任時の政策もどきで出来上がったわけでもない。

それは、日本が以前から置いていた身分差別が根本にあるからなのである。

士農工商→皇族・華族を頂点とする四民平等→象徴天皇制との流れは、それを証明する。

福沢諭吉の「学問のすすめ」の余りにも有名な一節、

「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」

というのがあるが、人間は自分の下に人がいると時の体制に対して不満を抱きにくいという精神性がある。

だから、身分制度は不満を無くすという意味で、平和の制度として日本では太古より採用されて現在も継承している伝統なのである。

身分制度=弱い者虐め。

その弱い者虐めを特化させた変人・小泉元首相は、促進させど格差社会の創設者ではない。

それに、日本限定で格差社会は支配者階級の不満を無くすという意味で、効果絶大な制度。

だから、格差社会は実は日本国民の平和の制度だったのである。

それを促進させた小泉元首相は、その為、賞賛されるべき偉業を成し遂げた池田大作氏と並ぶノーベル平和賞候補であると私は自負する。

日本国民の平和の制度である身分制の現在の象徴は、天皇制。

象徴天皇制があるから、平和の為の格差社会が継続出来ている。

その為、私は天皇制には大賛成の立場です。

人間は、平穏な人生を歩む事が一番の幸せですからね。

これで、私が敬愛する小泉元首相の冤罪(えんざい)が晴れたでしょうか?

小泉元首相の徹底した弱い者虐めは、日本を平和にする「痛みを伴なう構造改革」であった事を、日本国民は理解してあげるべきだと私は思います。

合掌。

  1. 2008/04/27(日) 22:55:18|
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世襲議員に幸あれ!

日本の議員は、世襲議員(http://www.kyudan.com/data/seshu2.htm )が一大勢力となっている。

国政に置いても、その勢力は無視出来ない大きな規模を誇っている。

それに対して、批判が絶えない。

実力は関係なく縁故だけで、税金の無駄遣いを出来る。

世襲議員が一大勢力を誇っていると、好人材を跳ね除け政界の活性化が一段と縮小していく。

金儲けの手段としてしか考えていない。

汚職・癒着の元凶となる。

選民思想と、そういう生活でしか生きてこなかった人では、庶民の本当の窮状を理解できない。

等々の前例のある件への、的を得た批判が集中している。

数多くの前例があるのだから、批判は御もっとも。

しかし、世襲議員などに期待をして良いものかと私は根本的な疑問を呈(てい)したい。

家柄とコネクションだけで選出された議員などに期待を掛ける事は、酷であるし余りにも悪過ぎる冗談である。

だから、私は提案したい。

戦後に廃止された「貴族院」を復活させようではないかという事を。

「貴族院」は、緋公選で貴族や皇族等から選出された。

世襲議員は、貴族そのもの。

能力など、全く関係ない。

家柄だけで議員になれるのだから、正に戦前の貴族と一緒である。

日本なんて、日本国憲法第14条にある「法の下の平等」等は完全なる贋物(にせもの)で、人物の貴賎は戦前と同じく色濃く残存している。

そうならば、世襲議員を一括(くく)りにして「貴族院」を復活させてそこに集めれば、無能っぷりも頭にこない筈だ。

「所詮、家柄だけで自動的に選出された無能の人たちだから」

と納得できるだろうから。

それも戦前の「貴族院」は、歳費が無かったと言う。

歳費とは、つまり給料のことだ。

世襲議員は、元々金銭的に恵まれているのに国民のなけなしの血税から給料を更に搾取していた。

しかし、戦前の「貴族院」議員は家系の家計が潤っているので給料を貰わなかった。

だから、無駄な金食いを断行する世襲議員を「貴族院議員」として給料を支払わなければ、どれだけ経費削減が出来るだろうか。

それでも、世襲議員は困窮する事は無い。

特権階級なのだから。

日本の社会は、偶像に盲目に尽くしてしまう性分があるから、それも支配者階級や権力層からすると使い易い。

多発する犯罪も、所詮世襲議員なんだと自覚出来れば、怒りや反省も軽減する。

日本は家柄や、コネクションで意思決定をする社会。

だから、そういう特権階級の子女子は「貴族院議員」として囲い込み、無能さで日本の政治を致命的に拍車を掛けることを避けさせていただきたいと思う。

もちろん、二院制がベストだ。

それは、戦前と同じく「貴族院」と「衆議院」の二院制。

「衆議院」「参議院」の二院制で、現在のように世襲議員に犯罪を繰り返されると政界運営にも甚大なる被害を呼び起こす。

それなら、無能なる世襲議員を戦前のように「貴族院議員」に引っ込める。

そうすれば、「衆議院」も少しはまともな議会になるだろう。

国も左右する事に対して意見も言えず、隔離もできる。

一族による政治支配に、家業を政治にする等の弊害。

今のままでは、世襲議員がなくならない。

だからこそ、「貴族院」を復活させて世襲議員を「貴族院議員」にする。

これが一番良い解決方法だと私は思う。

世襲議員が無能で高圧的だから、批判してはいけない。

能力以上の事を期待しても、単なる言いがかりにしかならない。

それを解決するには、無能な集団・世襲議員を「貴族院議員」にする事だ。

そして、「衆議院」を正常化して能力や資質や政策で選ぶ事ができる。

「温故知新」で、「貴族院」を復活させる。

無能な世襲議員に対して批判が集中するが、無能さも問題なしの「貴族院」で囲い込めば迷惑はほとんど掛からない。

それへの救世主が、「貴族院」復活。

全く意味の無い「参議院」廃止に向けても、良い方策だと思います。

合掌。

  1. 2008/04/26(土) 21:43:04|
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塵のリサイクル方法

昨今、「リスクマネジメント」と言う言葉が企業経営を中心に重要度を増している。

「リスクマネジメント」とは、各種の危険へのリスクを出来るだけ回避したり軽減する方法の事を言う。

日本の政財官界に学校にと、不祥事や犯罪は絶える事は無い。

驚く事に、殺人やレイプも珍しくない。

だが、「リスクマネジメント」がうまいかと言うとそうでは無い気がする。

しかし、やっとで日本に定着し始めた「リスクマネジメント」も数少ない日本の専門家よりも「リスクマネジメント」に長けた精鋭集団がいたのを御存知だろうか?

それは、我らが政治家の先生方と官僚の皆さんである。

「リスクマネジメント」の専門家の方たちには悪いが、「リスクマネジメント」の詳細な専門技術よりも日本の政治家の先生方と官僚の皆さんの「リスクマネジメント」に比べると、残念ながら劣るとしか私の眼には映らない。

何故なら、日本の政治家や官僚ほどの完璧な「リスクマネジメント」を実行している集団はいないからだ。

政治家や官僚の犯罪は、日々起きて非難が巻き起こるが結局は何の影響も無いばかりか、国民に度を越した負担を強いても特権階級を無風で死守できているのだから。

世界を探しても、こんな完璧な「リスクマネジメント」に長けた集団はいない。

以前は日本の企業にコンサルタントが入り込むのは、無理だと言われた時代があったが現在では日本の企業に当たり前のように各種コンサルタントが跋扈(ばっこ)している。

その為、「リスクコンサルタント」もいずれ日本の企業に当たり前のようになる時代もやってくるであろう。

日本の政治家や官僚は、人数が多すぎると言う問題が以前より指摘されている。

多すぎるので、個々人の仕事の度合いが明瞭にならないという問題点と、仕事よりも私利私欲に邁進する人が大勢を占めているので無駄だという事実。

そしてその無駄な議員を養うのは当たり前だが税金で、それも困った事に世の中の平均よりも莫大に税金を必要とする集団。

高齢者にまで、極限の搾取を強いているくらい日本の経済は政界官界の浪費や無策により困窮を極めている。

だから、日本の政治家をリストラをしなければいけない。

ただ、庶民とは違って権力者の政治家の先生方にはリストラはしないというのが日本の常識。

その為、私は尊敬する日本の政治家や官僚の皆さんの為に最適な配置転換を考え付いた。

それは、必要の無い政治家や官僚の皆さんを「リスクマネジメント」の専門家として転職させるのである。

上記した通り、日本の政治家や官僚の「リスクマネジメント」は、世界の名立たる「リスクマネジメント」の専門家を伍す位の完璧な「リスクマネジメント」を実行してきた精鋭集団。

だから、その頭脳を一番活かせ、それが世の中の為になる職に就かせるのが、政治家や官僚の為になる。

衆議院も参議院も、各都道府県(一都一道二府四十三県)で一人ずつ計94人で十分。

衆議院480人、参議院242人の計722人の無駄な国会議員も八分の一位まで減らせるので経費削減も進むし、一人一人の仕事の程度が可視しやすい。

同一な目的の省庁がある公安調査庁などの、無駄な省庁も減らせる。

ここまで減らしても、支障は出る事は無いはずだ。

議会での、睡眠時間が減るだけが影響だろう。

論点のすり替え・逆切れ・脅迫・買収・沈黙という被疑ではなく秘儀を、日本の政治家や官僚の完璧な「リスクマネジメント」を日本の皆さんだけでなく世界の「リスクマネジメント」を必要とする皆さんに伝授するべきだと思う。

必要とされているところで働く事は、やりがいにつながる。

人生は、やりがいがあれば生き生きしてくる。

社会の塵(ゴミ)と言われる、日本の政治家と官僚。

しかし、それでも再生出来る場があった。

その場は、日頃の悪態で築き上げた能力である「リスクマネジメント」の世界。

人生は、活かそうと思えば、いろんな事が活かせる物だ。

だから、社会の塵も、隠れた世界屈指の能力を活かせる場を私が気付かせてあげたので、是非参考にしていただきたい。

それで、多額の経費削減も実行できるし、世界屈指の能力を活かし外貨獲得も夢ではない。

良い事尽くめではないか。

日々繰り返される犯罪も減る筈。

我ながら、良い案を思いついたと自画自賛したいと思います。

合掌。

  1. 2008/04/25(金) 22:09:48|
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日本人の愛国心は本物である

日本国民は、日本政府に対して自分の命も利益も全く顧みずに献身し続けている。

この献身は、言い換えれば愛国心そのものだ。

日本国民は見返りを求めず、忠誠を死守し続けている。

国旗国歌法が法制化し、愛国心教育が促進されている昨今。

しかし、そんな憂慮も取り越し苦労であると思う。

何故なら、日本人の愛国心も強制しなくても全く衰退していないと言う事実があるからだ。

利益も顧みずに見返りを求めずに、日本政府に献身し続けているのである。

もちろん、日本政府は全く利益も分け与えず見返りをも与えず、仕打ちと言う「痛み」のみを強いる。

それを日本国民は承知している筈のに、文句も言わずに献身し続けている。

これを愛国心と言わないで、何と言うか。

愛国心の強制は、思想良心の自由や信教の自由に抵触する。

しかし、現在の日本も捨てたものではない。

強制をしなくても、戦前のような愛国心が育っていたのである。

だから、日本政府が国民に献身しなくても、文句を言わずに日本国民は日本政府に献身しているので戦時中のように、

「お国の為に」

と、自らの命を賭す人材も出てくるだろう。

戦前や戦中のような徹底的な愛国心教育がなくても、その下地が残っていたのか現在は自ら進んで愛国心を育んでいったのである。

強制の愛国心は健全ではないが、現在の日本国民の愛国心は強制ではないから健全そのもの。

日本政府は苦労せずに、世論を掌握する事が出来ているのである。

だから、防衛庁から防衛省に格上げして揺るぎ無く犯罪多発ながら組織が発展して、日本政府の望みである軍国主義に障害物無くまっしぐらで突っ走っていけている。

だから幸福追求権などの人権など、眼中に置かなくて全く問題ない。

ファシズムとも呼ばれることも無い。

隣国・中国や北朝鮮も、日本に負けずに愛国心を強制しようと日々精進している。

しかし、日本には中国や北朝鮮と違って戦前に徹底的に激烈に愛国心を強制したストックがまだ残っていた。

だから、何をされても献身しても全く見返りが無くても、無抵抗の愛国心が育まれていたのである。

普通の国では、愛国心は政府が愛される国づくりを成功させて、自動的に愛国心を抱くように努力する事にある。

しかし現在の日本は、強制も無く仕打だけにも関わらずに無償の愛国心を提供している。

自動的国粋主義が貫く現在の日本人の愛国心は、本物です。

だから、日本政府には自信を持って欲しい。

お望み通り個人の自由や権利を無視し、国家総動員の全体主義の日本を形成出来ているのである。

そうすれば、自国民も非常に扱いやすい。

先の大戦のように、戦争に突っ走らせる事も容易だろう。

それを正当化することも、容易だ。

日本政府の思い通りに、コントロールする事が出来るレベルに現在あるのだ。

その実力に対する自信を持っていただきたい。

私は、現在の日本政府に戦時中の日本政府と同じ程度の実力があると太鼓判を押したいと思う。

強制せずとも裏切ろうとも、愛国心を発揮する盲目な国民がいるのですから。

合掌。

  1. 2008/04/24(木) 22:35:07|
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日本の政治家はアカデミー賞俳優だ!

日本の政治は、三流である。

一流と言われた経済も、三流と言って相違ない衰退の道を転げ落ちている。

その為、日本人の暮らしは総体的に苦しくなった。

良くなる気配もないし、良くしようという政治家も皆無。

普通に見れば、そういう国作りしか出来ない政治家は「レッドカード」である。

しかし、実は我らが不器量(ぶきりょう)政治家は「レッドカード」なんて失礼な存在ではない。

「レッドカード」ではなく、「レッドカーペット」が一番似合う存在なのである。

どういう事かと言うと、日本の政治家は俳優だと言う事。

悪役で鈍才(どんさい)を演じる名優なのである。

日本の政治家は、悪役の鈍才を演じさせれば世界でも右に出るものはいない。

骨の髄から、真の悪役商会なのである。

だから、世界でも右に出るものがいない悪役と鈍才の名優である日本の政治家は、アメリカの本家アカデミー賞の授賞式の「レッドカーペット」を闊歩(かっぽ)するに値する稀少な集団だという事を皆さんに理解していただきたい。

そう思えば、日本の政治家も誇りに思えてくる筈だ。

前途が見えない中、苦しさに拍車を掛ける政治を展開されている日本の国民。

それを真に受けていたら、心身ともにボロボロになれてしまう。

それには苦しさを忘れて、逃避する事が一番。

逃避するには、どうしたら良いか?

それは、ストレス発散が肝心。

ストレス発散には、映画やドラマなんてどうだろう。

打って付けなのが、世界でも右に出るものがいない悪役の鈍才を演じる日本の政治家の映画やドラマを見物して楽しむ事。

入り込まないで、画面の中での出来事として一歩離れた立場として一喜一憂して楽しむ。

そうすれば一時(ひととき)、泥沼のような苦しさを忘れる事が出来るかもしれない。

日本の悪役政治家は一転、人気俳優になる。

日本の悪役政治家の働きによって、我が国は格差社会となった。

しかし、それを詳しく言うと希望格差社会というのが正しい。

希望格差社会とは、希望を抱く事すらも無駄な事と思わせる絶望の格差が確立した社会の事。

それが、日本の政治家の方々が汗水を流して作り上げた現在の社会である。

前首相・安倍晋三氏が口癖としていた「再チャレンジ」も、権力者は何度でも出来うるが庶民は一度でもまず無理だ。

そんな精神的飢餓社会の日本。

娯楽だけが、その飢えを凌いでくれる。

画面上や文面から見える、日本の政治家の鈍才悪役の名優っぷり。

これが、日本国民に唯一許された娯楽。

それを楽しもうではないか。

楽しめれば、その主役である日本の政治家は日本国民のアイドルとなる。

アイドルは、偶像崇拝の象徴。

日本の政治家への期待は、偶像である。

偶像を嗜好して逃避し、苦しさから逃れようではないか。

日本国民に自ら苦しさを作り出して、その苦しさを緩和する演技をする日本の政治家は稀代の悪役。

その名演を見て楽しみ、名優である日本の政治家に憧れを抱きましょう。

それだけが、日本で楽しく生きる唯一の手段。

苦しさも考え次第。

苦しさを作り出して、自分で緩和させるマッチポンプな演技をする日本の政治家に感謝しましょう。

日本への絶望が、一時だけ楽観に変わる事が出来るので。

アカデミー賞俳優のような名演を日々、鑑賞出来る日本人は幸せです。

生活は極限まで困窮しますが、アカデミー賞俳優のような名演が日々鑑賞出来る幸せは贅沢なものです。

政治家の先生の方針で生活に贅沢は出来ない日本人は、名演で心の贅沢を味わいましょう。

そんな「レッドカード」な政治をする先生方の、「レッドカーペット」の上を闊歩するのに相応しい名演で楽しませてくれる日本の政治家に感謝いたしましょう。

合掌。



  1. 2008/04/23(水) 21:59:08|
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日本の政治の素晴らしさは、揚げ足取りの能力にあり

日本の政治は、世界で中々評価されません。

国内的にも、そうである。

犯罪に嘘の繰り替えしで、私利私欲でしか政治をしないと。

しかし、評価の低い日本の政治は実は世界の政治とは違う形態を取っているのは御存知だろうか。

世界各国の政治は、「政策論議」が中心だ。

だが、日本の政治は「揚げ足取り」が中心だ。

その為、日本の政治家の「揚げ足取り」の実力は段突で世界屈指を誇る。

「政策論議」で切磋琢磨して、庶民に良い政治をするという目的ではない。

「揚げ足取り」で、日本独特の村八分と言う伝統芸能を覚えさせる。

政治には形が無い。

ただ、目的は一緒である。

国民の平和な生活を作り出す事。

日本は、論議を忌み嫌う社会。

討論するより、根回しが重要視される。

そこには、主義主張はそぐわない。

目立つ事は、爪弾(つまはじ)きの対象。

それに、日本の政治家は二世三世などの世襲議員が多数を占める。

つまり、どうしても庶民感情を理解する事は出来ない。

それは批判しても、しょうがない事。

生まれた時から、大事にされて苦も無く育ってきたのだから。

要するに、日本の政治家に庶民感情を理解する事を期待する事は酷なのである。

だから、庶民の為に政策論議をして国を良くしようという意志を持った政治家がいるはずがない。

もちろん、庶民とはかけ離れた生い立ちでも庶民感情を理解して奉仕しようという人も生まれ得なくないが、日本の政治家は皆仲良しなのでそういう目立つ事をする人はいない。

だから、政策論議をする気は全く持ち合せていない。

その為、後は選民意識の排斥(はいせき)運動が選択される。

自分の為に奉仕される人生を歩み、それが染み付いて当たり前と思える人生を送ってきた人たちだからだ。

政治には、シビアさも必須だ。

だから、生まれ持っての相手を追い落としのプロが我らが日本の政治家の先生方たちなのである。

これには、胸を張ろうではないか。

政治に謀略は付き物。

世界の政治のスタンダードは、政策論議があって謀略が陰にある。

しかし日本の政治は、謀略ありき。

政策論議は潔く捨てて、謀略のみに政治をかけているのだ。

その根本精神には、日本の伝統芸能である村八分があった。

日本の政治は、個性があって良いではないか。

個性は、人間にとって重要。

世界の政治は、仮にも庶民の為に行なうのが主旨である。

しかし、日本の政治は私利私欲のみ。

これは世界でも全く類を見ない個性。

そこは、日本の政治家も自信を持っていただきたい。

世界でも唯一の個性があるのだと。

その個性が、日本の政治からは具(つぶさ)に見れる。

世界各国からも日本国内からも、評価は恐ろしく低い。

しかし、私利私欲のみが行動規範の政治家しかいないという日本の政治の個性は世界でも随一。

それは、評価してあげるべきだ。

私は、こう主張したいと思うのである。

合掌。

  1. 2008/04/22(火) 21:47:42|
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公務員の犯罪についての釈明

公務員に対する信頼が一段と崩壊している。

日々発覚している公務員の犯罪。

確かにそれだけを見たら、憤慨するのは当たり前だと思う。

しかし、仮にも公務員も人間だ。

機会でも鬼でもない。

人間だから感情もある。

反省もすれば、稀少でも良心もあるはずだ。

だから、表面だけ見て犯罪の多発に対して憤慨するのもどうかと私は思うのである。

その誤解を私が弁明したいと思う。

まず、後期高齢者医療制度。

社会保険の年金記録宙に浮いた意図的年金記録問題が解決していない中での、新たなる負担増。

それも、国民の為という詭弁(きべん)。

それに付け足して、保険料は上がらないという欺瞞(ぎまん)。

これも、表面上だけ見れば公務員イコール悪漢(あっかん)そのものである。

しかし、それには別の理由があるのだと思う。

その恩盗人(おんぬすびと)そのものの公務員の仕事は、実は国民の為だったのである。

公務員は、金や権力に対する執着が人一倍。

だから、それへの不満を減らす意味で国民の血税を使いたい放題使っているのである。

不満を充満させてしまうと、今以上に仕事をしない。

そうなると、日本はこれ以上、衰退の歩を進めてしまう。

だから、金への執着が強い公務員の不満を減らす為に莫大な血税を搾取して、それを公務員だけに回しているのである。

それで、我らが国民は現在の生きるだけの最低限の生活を何とか出来ているのである。

公務員の不満を抑止する為に、私達は極限まで搾取して公務員に献上しているのである。

実は、この公務員の典型的な犯罪には、そういう深い理由があったのだ。

そこは、分かってあげても良いと思う。

また、これまで悪質な犯罪を繰り返すと言う事は別の思惑があった。

国民の為の公僕である公務員。

だから、身を削って国民を叱咤激励しているのである。

あまりにも、日本人は怒りを忘れた。

だから、日々悪質すぎる犯罪を繰り返し、日本人の忘れ去られた怒りが行動に出ると言う人間としての尊厳を思い出すように、身を捨てて叱咤激励しているのである。

こんなに悪質すぎる犯罪を繰り返せば、普通の人間は怒りを表わす。

しかし、日本人は怒りを通り越して諦めに終始してしまう。

怒りは、人間のパワーの源泉だ。

それは、国力にもつながる。

日本が、明治維新や第二次大戦後に見せた不死鳥の如きパワーを復活させたい。

公務員は日本国民の為に働く御方。

だから、その為に身を捨てて悪質すぎる犯罪を繰り返しているのである。

国土交通省の犯罪も、主旨は一緒だ。

道路特定財源の多額を、道路とは全く関係の無い職員の私的な費用に当てていた問題。

これも、公務員の怒りを抑えて国民に現在の人間として生きられる最低限の生活を死守する為に、献上したもの。

そして、悪質すぎる犯罪を繰り返し、忘れ去られた日本人の怒りを復活させる為に行い続けたもの。

それと共に、道路とは全く関係の無い私的な費用に流用していたのではなく、実は道路の為にしようとしていたのである。

レジャー用品やマッサージチェアーは、実は道路整備に使えるのではないか。

マッサージチェアーの振動は、道路を整備する上で恐らく使えるのである。

レジャー用品も、道路の上で遊んで害が無い道路かどうか判断しようとしたのではないか。

また、尋常ではない巨額すぎるタクシー代の問題。

タクシーは、道路を通る。

つまり、巨額すぎるタクシー費用を使い、道路の状況を調べ尽くしていたのである。

もちろん、それは国民の血税から出ている。

しかし、国土交通省の職員は仕事を離れても、道路が気に掛かるのである。

恐らく、家に帰ったり飲み屋へ行ったりするときに利用する事が多いだろう。

つまり、仕事を離れても道路が気に掛かるのであろう。

タクシーチケットを、有力者や女性に上げている人も見かけた事があるが、それも多数の人から道路の状況を聞き込もうとしたのであろう。

便宜とは、違う筈だ。

たぶん・・・。

何と仕事熱心ではないか。

職員の旅行費用が浮世離れし過ぎていた問題。

これも、実は国民の為であった。

旅には、移動が付き物。

酒池肉林の浮世離れした旅行で感覚を異常にさせた中で、道路がどういう状況かを調査しているのである。

道路の水戸黄門をやっているのではないか。

見てきた通りに公務員の犯罪は、実は国民の為だったのである。

そうしないと、ここまで悪質すぎる犯罪を繰り返して何の影響も無い人間など、どの国にもいない。

まして、仮にも国民の血税を頂戴して働く公僕である公務員だから職業的倫理観として、これほどまでに悪質な犯罪は繰り返すはずは無い。

そうでなければ、感情がある人間とは言えない。

こういう意図が無いとなれば、日本国民を全て殲滅(せんめつ)しようと実行に移しているとしか説明がつかない悪質すぎる犯罪ですからね。

公務員は、一応人間です。

そこを理解しましょう。

そうすれば、公務員の悪質すぎる犯罪のデパートの理由が理解できるでしょう。

合掌。

  1. 2008/04/21(月) 22:00:16|
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日本の記者クラブ制度は平和の象徴

本には日本独特の「記者クラブ制度」というのがある。

「記者クラブ制度」とは、何か?

それは、警察や首相官邸や省庁や自治体などに特定の報道機関だけが取材できる組織。

この記者クラブに入れる報道機関は、私達も一度は名前を聞いたことのあるような大手の組織に限定される。

それは、何故か?

大手報道機関は御用機関として恣意的(しいてき)な情報を垂れ流して情報操作に全面的に協力してくれるが、中小やフリーの報道機関はマスコミの唯一の存在意義である正義を貫くために悪を退治する仕事を遂行する可能性を持った目障りな輩がいる可能性があるためだ。

記者クラブ制度は、癒着(ゆちゃく)の温床(おんしょう)となる。

つまり、仲良しになってしまうのだ。

だから、正義などは追求しない。

とにかく取材される側の権力の思惑通りに情報を垂れ流す事のみで、便宜をはかってもらうのだ。

悪に目を瞑(つむ)り取材される側の権力の思惑通りに情報を垂れ流すのが、日本の大手報道機関の「良い記者」であると言う。

だから、記者クラブのメンバーは取材される側の悪事は逐一(ちくいち)知り尽くしている。

しかし、それを報道する事はまず皆無。

例え書こうとしたとしても、上司からストップが掛かるのが関の山。

正義を追求する為に悪を退治する事のみが存在意義のマスコミで、付き合いや顔色を窺(うかが)って糾弾がストップされるのである。

代表的な例は、かの有名なロッキード事件の田中角栄の所業。

当時首相だった田中角栄のロッキード疑惑は、首相官邸の記者クラブのメンバーだったら全員知っていたと言う。

しかし、皆が疑問も無く書かなかったという。

だが、思わぬところに跳ねっ返りがいた。

若手記者だった立花隆が、それをスクープとして誌面に出してしまったのである。

それにより、現役首相である田中角栄が逮捕されて退陣すると言う偉業を成し遂げてしまった。

もちろん、これは異例である。

現在も、記者クラブの権力側とマスコミの馴れ合いが継続していて権力側の洗脳が大手報道機関によって垂れ流されているのである。

日本は、右傾化して第二次世界大戦前のような社会に着実になってきた。

マスコミは権力の代弁者として、言論・表現・集会・結社の自由を抑圧し通信の秘密を検閲(けんえつ)し侵犯している。

それを正当化する為に、独裁権力の恣意的情報を垂れ流して洗脳する。

これが、現在の大手報道機関の務めとなっている。

日本は村社会である。

村社会は、目立ってはいけない。

村社会は、親分の言う事は無批判に盲目に従属しなければいけない。

村社会は、親分が絶対である。

村社会は、異質なものは徹底排除しなければいけない。

村社会は、弱いものは徹底的に虐待して潰さなければいけない。

これらが、村社会である日本で「仲良く」生きていく要因である。

「kisha club」は、英語で通用するという。

それだけ、日本でしか存在し得ない独特の制度。

つまり、記者クラブで報道ごっこをする記者や自称・報道機関は、世界の報道機関からすると全く信じられない癒着っぷりがある。

村社会の日本なだけに、自称・報道機関はマスコミの存在意義である「正義」の追求より「仲良さ」を追求する事のみに精を出す御用機関として激務をこなしているのである。

だから、日本は法治国家ではなく放置国家と世界には思われているのであろう。

しかし、日本には日本の事情があります。

それに、日本には日本の考えがあります。

だから、正確な情報を知りたい私のような変わり者の日本人は、週刊誌や右翼の街宣車やブロガーの情報を調べましょう。

日本では大手報道機関よりかは、情報は正確ですから。

唯一の存在意義より、恥を忍んで良心を捨てて「仲良さ」を追求する日本の「記者クラブ制度」は日本の平和の象徴。

「仲良さ」は、大切な事。

日本の記者クラブは、「仲良しクラブ制度」。

微笑ましいですね。

日本は、権力と大手報道機関は大の仲良し。

「世界の非常識は日本の常識」。

右傾化する日本で円滑に生きていくには、「仲良しクラブ制度」が大いなる手本です。

私にはどうしても足りない点だから、参考にしていきたいと思います。

合掌。

  1. 2008/04/19(土) 21:31:21|
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自衛隊は日本国民の親分です

防衛庁から防衛省に昇格しても、怠らずに犯罪に精を出し続ける我らがアイドル・自衛隊。

しかし、それを嵩(かさ)にかけて攻めるお方が多いですが、皆さん自衛隊を根本から勘違いしているのではないでしょうか。

自衛隊は、民間防衛の為の国民保護の集団と勘違いしておいででしょうが、実はそれが根本から違うんです。

自衛隊の自衛は、民間防衛の為の国民保護の自衛ではなく、自分の所属する自衛隊や自らを守る自衛の意味なんです。

自衛隊の装備は、その為の暴力装置としての軍事力。

力の源泉の一つに、暴力装置があります。

暴力装置を備えていたり暴力装置を持っていると思われるだけで、厳然たる力になる。

自衛隊は、自らの組織と自らを守る意味での暴力装置として世界でも指折りの軍事力を保持しているのである。

そうすれば、犯罪を重ねても文句を封じる事が出来る。

暴力装置を匂わせるだけで、相手の心を折る事が出来るからである。

だから露呈してしまっただけでも犯罪は絶え間ないのに、逆風も無く防衛庁から防衛省へ昇格できた。

そして防衛省に昇格して、罪の無い漁民殺しやたかりなど百花繚乱なのに組織存続には全く影響が出ない。

基本に立ち返れば、法律上の存在意義も違憲であるが、それもタブーとなって徹底追求される事も無く組織運営上に全く問題が出る事は無い。

世界でも屈指の軍備を備えているのに、それが有事の際に転化し得る程度の軍事力を備えていないなんてあまりにも控えめすぎる。

それに自衛のための必要最低限の戦力しか保持していないなんていう自己分析も、控えめすぎる。

世界の軍隊の中でも、屈指の軍備を備えているんですよ。

それで、自衛のための必要最低限の戦力しかないと言うのは控えめであるが、日本よりも軍備が微小な軍備しか持たない大多数の他国の軍隊に対して失礼でもあるので、あまりにも謙遜しすぎても反発を買うのでそこは注意して欲しいとアドバイスしたい。

それに占領地域への占領行政に参加する為の自衛隊派遣は違憲であるが、イラクへの派遣は占領行政への参加そのもの。

ただ、日本はアメリカの属国。

だから、奇麗事は言ってられない。

その為、親分であるアメリカの言う事は完全な嘘であっても厳守しなければいけないと言う事情は分かってあげましょう。

つまり自衛隊の自衛の意味は、民間防衛の為の国民保護の自衛ではなく自らの組織である自衛隊や自らを守る自衛の意味。

そして、それを実際守り通して磐石の地位を築いているので、名に恥じぬ世界でも屈指の自衛のプロ集団であるという証明である。

それが自衛隊の存在意義なのである。

自衛隊予算の莫大な税金は、それへの国民の献上金。

自衛隊の親分は米軍だが、自衛隊の子分は日本国民。

子分は親分に上納金を納めないと、暴力装置を行使されてしまう。

日本国民の直の親分である自衛隊の親分である在日米軍への上納金・思いやり予算も、献上金なのだ。

親分が黒いものを白いと言ったら、それが間違いでも子分は白と言わなければいけない。

それを日本国民は、理解しなければいけない。

自衛隊は軍隊です。

暴力装置には、献上金と無抵抗が一番。

これが現在の日本人の生きる術、つまり日本人の専守防衛です。

合掌。

  1. 2008/04/18(金) 11:58:17|
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赤旗配布事件を受けての購読紙のアドバイス

共産党の機関紙「赤旗」を配ったとして、国家公務員違反(政治的行為の制限)に問われていた元・厚労省職員の裁判が東京地裁で開かれ、罰金刑を求刑された。

検察側は、公務員が政治的に偏った思想を表わす行為は国民の信頼を損ね、選挙直前に特定の政党に支持を求める行為は極めて政治的色彩が強い犯行」

との判断で、有罪に処したとの事。

石原慎太郎都知事の都政私物化の疑惑や、経団連会長が所属するキャノンなど有名企業の偽装請負問題や、国会議員の事務所費不正使用問題など、権力の不正濫用をスクープする事もあるタブロイド誌である「赤旗」。

私もネットであるが、「赤旗」を愛用する一人として、検察が言う共産党を礼賛する記事がそれほど目立たない告発系の新聞である。

しかし、政権与党が支配する行政権内にある裁判所は、それを脅かす「赤旗」は目の仇。

だから、正義に燃えて不正濫用を告発する「赤旗」は潰さないといけない新聞。

それと比べて、公務員の中に公明党の支持母体である創価学会の会員が公務員の中には非常に多い。

その中で、創価学会の機関紙「聖教新聞」を購読している人も多い。

ただ、「聖教新聞」は支持する公明党が政権連立与党の一員なので、不正濫用に目を瞑り池田大作大先生の礼賛記事と、創価学会を告発する人を徹底糾弾する内容に終始する。

つまり、政権にとっては「聖教新聞」は可愛い御用新聞。

讀賣新聞と産経新聞に並ぶ御用新聞と言って、過言は無い信頼がある筈だ。

だから、もちろん創価学会員による選挙前の聖教新聞の勧誘は通常通りあるが、それは全く問題が無い。

公務員がそれを敢行しても、問題視はされないだろう。

だから日本国民、特に公務員に教授したい。

選挙前に配るならば、権力の不正濫用を摘発する正義の「赤旗」ではなく、御用新聞「聖教新聞」を配れば逮捕されないどころか出世も見えてくる。

それも、「聖教新聞」は内容がコンパクトにまとまリ過ぎているし、内容も日々似通っていて、笑える新聞である。

だから、読みやすい。

正義では飯は食えない。

それにも増して、日本で正義を振りかざせば破滅の道を歩んでしまう。

そのうまい処世術が、「聖教新聞」を購読する事。

そして、正義を追求する「赤旗」を弾圧する事。

権力者のご機嫌取りをすれば、薔薇色の人生が見えてくる。

その権力者の不正を糾す「赤旗」は、権力者の敵。

それを自覚して、購読紙を決めましょう。

だから、今回罰金刑を求刑された方にもこの教えを伝えてあげたい。

日本でうまく生きていくには、「聖教新聞」に「讀賣新聞」に「産経新聞」を購読しましょう。

それが、基本です。

合掌。

  1. 2008/04/16(水) 22:21:16|
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日本政府の国民への負担は真実の愛

小泉純一郎首相が就任当時に、

「痛みを伴なう改革」

を標榜(ひょうぼう)し、国民に甚大(じんだい)なる負担を強い続けてきた。

しかし、小泉首相・安倍晋三首相・福田康夫首相と経てきたが、負担は一向に消えるどころか増えるばかり。

首相などの為政者や権力者には、負担は無いどころか利権が一段と集中する仕組み。

ただ、いつも通りに約束を反故(ほご)にされても日本国民は愚痴だけで済んでしまう。

つまり日本国民は、Mなのである。

Mとは、つまりマゾヒストの事。

日本政府は、私利私欲の弱い者虐めを強いているようだが、実は無抵抗なマゾヒストの日本国民の嗜好を刺激させるために汚名を物ともせずに嘘を突き通し負担を強い続けているのだ。

何と優しい政府ではないか。

日本国民の嗜好を、満足させる事を政府の方針の中心に据えているのである。

と言う事は、日本政府は究極の度S。

つまり、日本政府は倫理観も罪悪感も無いサディストの鏡。

この日本政府と日本国民の倒錯の世界は、究極の補完関係。

全く無抵抗の国民がいるから、限度を越えた負担を強い続けられる日本政府が存在する。

また、倫理観も罪悪感も無い人道に反する限度を越えた負担を強いる日本政府がいるから、無抵抗な日本国民がいる。

日本という国は、ハードSMそのもの。

つまり、日本政府は公僕ではなく御主人様。

日本国民は、奴隷。

私達日本国民は、日本政府の奴隷であるマゾヒスト。

日本政府は、愛の虐待や暴力を今まで通りに強い続けてくれるだろうから、それを快楽と受け取り受動的に無条件無批判で喜んで甘受しよう。

日本政府の負担(痛み)は、サディストとしての愛。

単なる私利私欲の貪欲な探求ではないので、そこを理解してあげる事をお願いします。

合掌。

  1. 2008/04/15(火) 21:45:48|
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北京オリンピックへの中国国家の想い

今年8月に迫った北京オリンピック。

昨日も話題にしたが、その聖火リレーで世界中から非難が集中し注目を浴びている。

恐らく、これは広告戦略なのだろう。

極悪非道国家である中国がオリンピックを開催するとなれば、非難が集中する。

それも聖火リレーが始まる直前に、お得意の弾圧(チベットへの)。

世界を扇動して、非難を集中させ自国開催の北京オリンピックに注目を集める。

この広告戦略は、流石、極悪非道国家・中国の底力であると私は素直に認めざるを得ない。

そして、本題に入ります。

北京オリンピックで、環境の劣悪さにより辞退する選手が増えている。

大気汚染に食品の安全性問題や有害物質問題など。

普通、世界の祭典であるオリンピックと言うと開催国の国家存亡に関わる一代事業なので、背伸びして環境整備を磐石の体制に整える。

今までは、そうであった。

しかし、今回は中国の倫理観としてそんな事は論外であったのであろう。

それと共に、どの国に置いても開催国はできるだけ自国の選手に勝たせたいと言う気持ちが強く現れた運営になる。

中国も、そういう気持ちがあったのだろう。

ただ、そういう気持ちがある事は否定してはいけないと思う。

親中国派の私だから、言っているわけではない。

それは、人間として常識であるからだ。

つまり、どの国の選手も自国と同じ環境下で戦えば多くの条件が合致して良い成績が収め易い。

と言う事は、中国も通常の中国の環境下で開催し自国の中国選手団に優位に働くようにしたいという気持ちがあり、劣悪な環境のままにしたのであろう。

大気汚染が酷いが、そこで育ち練習した選手は、世界で一番、その環境に慣れている。

欠落した倫理観も、中国選手団は慣れっこである。

他国の選手は動揺してしまうが、そこで育った中国選手団は当たり前の事。

食品の安全性も、見分け方が分かっているのであろう。

安全安心に競技期間中に滞在及び練習と本番に臨めないという事は、力を出し切れないのは明白。

オリンピックが開催されるからと、わざとそういう劣悪すぎる環境下にしているわけではない。

中国は、もともとそういう劣悪さなので悪意はないのである。

しかし、自国の中国選手団はその環境下に慣れている。

だから慣れている環境下で本番に臨ませてあげたい。

そういう愛国心からの、劣悪な環境。

そこを認めてあげようではないか。

聖火リレーの「KY軍団」青い警備隊も、倫理観の無い中国国民の愛国心であり、倫理観の無い中国なりの広報戦略。

選手には深刻だが、中国の愛国心がそういう劣悪な環境なのである。

だから、自己中心国の中国ではない。

悪意ではなく、通常の姿の中国なのである。

今回に限り、いつものオリンピックとは違う。

劣悪すぎる環境下での、初めてのオリンピック。

そういう意味で、要注目である。

こう思うと言う事は、中国の倫理観の無い広報戦略に乗らされた証拠か?

流石、4000年の歴史がある中国。

その倫理観の無い広報戦略一つとっても思い事である。

アッパレ!!

再見。

合掌。

  1. 2008/04/14(月) 17:53:12|
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北京オリンピックへの提案

北京オリンピックの聖火リレーが世界各国で行なわれているが、開催国・中国のチベット弾圧の影響で通常通りの行脚(あんぎゃ)が出来なくなっている。

そこで中国の精鋭部隊の通称・青い軍団が聖火を守っている。

ナチス・ドイツのアドルフ・ヒトラーが陰謀で考案した、聖火リレー。

人権蹂躙の権化・ヒトラーが考案した聖火リレーが、現在は世界屈指の人権蹂躙大国・中国への批判で継続が危ぶまれていると言うのは単なる巡り合せか。

日本では、長野も行脚する予定だがもちろん精鋭の青い軍団もついてくると言う。

人権と言えば、中国。

中国の死刑執行件数は、世界の約97%を占める。

それも裁判後、約1週間で執行されるスピード死刑。

それも、政治犯がほとんど。

中国政府の意にそぐわない政治的主張をする人間は、即極刑。

「物言えば唇寒し」

ではなく中国では、

「物言えば命無し」

再審請求は認められるが、それは形だけ。

公開死刑執行や市中引き回しシーンを、放映する事もあるという。

中国に留学していた友人も、その壮絶さを今起きた事の様に覚えていると言っていた。

言論弾圧に情報操作、宗教弾圧等など人権蹂躙大国・中国の名に恥じぬ活躍を見せている。

オリンピックは開催国が優遇されるので、公開競技としてその開催国の国技を公開競技にて採用する場合があるという。

中国は、この人権蹂躙など良いのではないかと思う。

死刑執行件数も、世界のほとんどを占める実力。

それも、政治犯と言う濡れ衣容疑者ばかりの冤罪での死刑執行。

これならば、金メダル確実。

男子レスリングの絶対王者に、アレクサンドル・カレリン(ロシア)という130kg級のオリンピック三連覇の選手がいた。

勝てないと言う諦めから、出場選手が予(あらかじ)め辞退する選手も大勢いたという絶対王者であったが、自国の北京オリンピックの公開競技で人権蹂躙に冤罪死刑という種目があればカレリンを凌駕する強さを発揮するのは間違いない。

また、聖火を守る青い軍団が流行語のKY(空気読めない)で人気を集めているが、人権蹂躙と冤罪死刑のその強さは圧倒的過ぎて世界的に尊敬のKYになる事間違いなし。

公開競技とはいえ、二個の確実な金メダルがあれば独裁国家・中国の国威掲揚に打って付け。

とは言いつつ、実はこの人権蹂躙に置いては中国の牙城を崩せる最大のライバルがいる。

もちろん北朝鮮もそうだが、実は我が国・日本も中国に負けず劣らずの人権蹂躙大国。

もちろん日本には、言論の自由も無い。

冤罪なんて、国策捜査に代表されるように大の得意技。

だから、開催国である中国に花を持たせたいと言う気持ちもありますが、日本も負けませんよ。

中国と日本というアジアの隣国が、覇権を競う。

そんな確実な競技あるのも、面白い。

その有力候補が、人権蹂躙と冤罪。

是非、得意のごり押しで喉元過ぎれば忘却できる国家・中国の国技として北京オリンピックで使用して欲しいですね。

人権蹂躙と冤罪に関しては、こんなに日々努力している国家はいないですからね。

合掌。

  1. 2008/04/13(日) 22:14:42|
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久本雅美 副芸術部長の異変

政権連立与党の公明党の支持母体・創価学会の広告塔として大活躍の久本雅美が、テレビタレント・イメージ調査で女性タレント人気度のベスト20の圏外に落ちてしまったと言う。

政権連立与党の公明党の支持母体である創価学会の、一番の広告塔である久本雅美の思いもかけない失速。

この失速は、何を暗示するものか?

公明党の危機なのかもしれない。

公明党の支持母体・創価学会は、世界でも注目の巨大宗教団体である。

知名度が、抜群である。

カルトとして、世界では著名だ。

その結束力も、世界に誇るパワーを誇っている。(http://www.geocities.jp/boxara/soka.html )

日本は天皇制で、それが圧倒的パワーの源泉だと日本国民は自負する。

創価学会も日本の天皇制と一緒で、独裁者である池田大作現人神への敬愛が圧倒的パワーの源泉である。

それは、北朝鮮のチュチェ思想とも酷似している。

北朝鮮は小国であるが、アメリカをも梃子摺(てこず)らせるパワーを秘めている。

そのパワーの源泉も、独裁者であった金日成に独裁者の金正日への服従心から発するものだ。

日本は、バブルが崩壊して全体的にパワーが落ちている。

しかし、形振(なりふ)り構わず権力奪取に邁進するパワーを秘めた創価学会は、元気の無い日本では貴重な存在。

盲目に超プラス思考で、池田大作御大を崇拝するパワーは日本において、

「触らぬ神に崇りなし」

と言われる絶大なタブーを形成し、日本で暴れまわっている。

例えば、三権にも創価学会信者網が張り巡らされている。

久本雅美のように、芸能界も一大勢力だ。

リベラルでなければいけないと言われる、マスコミにも多い。

言論統制も容易に出来て、人権も自由に動かす事が出来る。

だから、私も礼賛記事しか書かないし書けない。

ここまでの力を築くのは、相当なものだ。

「聖教新聞」は、普通の新聞とは違って頁数が極端に少なくコンパクトにまとまっていて、内容も普通の新聞と違って池田大作御大の礼賛記事と創価学会の偉業紹介のみに紙面を割くという独自性を長い間、堅持している。

こんな権力網を築いた創価学会には、潔く屈しよう。

「長いものには巻かれる」

それが、独裁者が牛耳る社会の一番利口な処世である。

宗教が、政権を獲った。

そして、それを思いの通り操っている。

その創価学会の広告塔である久本雅美の、人気凋落。

これは一大事だ。

信者の皆さん、お得意の妨害活動に打って出るべきです。

そして、胸糞の悪いのが芸風な久本雅美を再浮上させるべきだ。

それが、池田大作首領の望むことであると思う。

また、信者ではない庶民は、その創価学会の妨害に対するパワーを見て学ばなければいけない。

創価学会の力の源泉である、形振り構わぬさは底知れない怖さを抱かせることが出来るからである。

恐れ多くて信者にはならないが、陰から注目して凝視していきたいと思う。

創価学会についていけば日本では安定、

「間違いなし!」

終身雇用制が崩壊し、現在の安定は創価学会入信が一番手。

そこまで権力と金銭欲に邁進出来る、創価学会及び池田大作は乗っ取りテクニックは要注目である。

中身がコンパクトに薄くまとまった「聖教新聞」も恥を忍んで必読です。

合掌。

  1. 2008/04/10(木) 22:49:56|
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現在私が一番なりたいのは誰か?

私が一番なりたい人は、尊敬してやまない天皇陛下です。
ただ、余りに恐れ多いので今回は辞退させていただきます。
ですので、尊敬してやまない天皇陛下を除いて現在一番なりたい人は皇太子と言うのは冗談で在日米軍の米兵です。
在日米軍の米兵は、良いと思いますよ。
人間は、欲望に忠実に生きれば社会生活に適応出来なくなる。
しかし、それを気にしないで生きることを許される数少ない職業。
それも在日の米軍は、駐在する日本の「思いやり」が生活全般まで行き届いている。
毎年2000〜2600億円の思いやり予算を、恵んでいる。
総額は、3兆円を越える「思いやり」を奉仕している。
それだけではない。
日米地位協定という、「思いやり」である。
日本国民に犯罪を犯しても、治外法権があるため日本国民の人権は無視され米兵は寛大な「思いやり」を施される。
それは重罪でも、変わりない。
殺人にレイプでもそうだ。
人間の欲求を一番如実に表わす、二つの重罪。
殺人の練習をして、罪の無い善良な「思いやり」を施してくれる奴隷国民を蹂躙(じゅうりん)する自由。
流石、自由の国・アメリカの軍人さんだ。
自由を謳歌して、殺人もレイプ(米兵にレイプされた日本女性は在日米軍にとって「自由の女神」)もし放題。
もちろん奴隷国民、日本国民限定で。
それに対して、全く文句を言わずにご機嫌取りに終始する日本政府も大したものだ。
自国民が蹂躙されても、それよりも親分の顔色を窺う事のみが行動指針の日本政府。
揉み手をして、在日米軍に「お伺い」を立てる日本政府は滑稽で格好良いではないか。
それで、「好意的考慮」を地道に待つのが日本政府のスタンス。
自国民が殺されても、それは変わらない。
在日米軍は「駐留軍」という身分になっているが、実際は「占領軍」。
「駐留軍」ならば、雇っているのは日本。
だから、顔色を窺うのは在日米軍の方だ。
それに、雇う日本側に過度な「思いやり」を施す事はしない。
しかし、それとは真逆なのが現実。
こんな厚遇をされるほど、男冥利(おとこみょうり)に尽きる事はない。
自国民への蹂躙を問題にせず、徹底的に厚遇する日本政府。
そんなタニマチを抱えられるようになるのは、男の夢だ。
私は、その為、現在一番なりたいのは在日米軍の米兵です。
破壊する自由、蹂躙する自由、犯罪を犯す自由、女性を犯す自由、人を殺す自由。
米兵は世界最強です。
合掌。
  1. 2008/04/09(水) 21:38:52|
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春眠暁を覚えず

春満開で、いつも以上に気持ち良く、睡魔が襲ってきます。

晴れた日など、仕事中も心地良くて集中力が睡魔で削がれてしまう事も多い。

しかし、仕事中に寝る事は許されるはずがない。

仕事中に睡眠などをしていたら、解雇されてもおかしくない。

ただ日本で唯一、公然と仕事中に睡眠が出来て、それも何のお咎(とが)めも無い職業がある。

「そんな職業は無い」

と、思われる方もいるだろう。

確かに世の中の常識で考えれば、そうだろう。

しかし、その職業は常識の範疇(はんちゅう)には入らない。

入らないと言うより、入れてはいけない選民なのである。

その選民の職業は、何かを発表しよう。

それは、議員の先生である。

議員の先生は、仕事場である議場で睡眠をする事が許可されていて、昼寝を謳歌していらっしゃる。

議会中に睡眠しても聞いていても、給料は一緒でもちろん税金から支給される。

居眠りはおろか、雑誌を読んだり折り紙という日本の伝統芸能をする事も許されている。

つまり、議員の先生の職務とは議会で居眠りをして好きな事をしている事。

その為に、私達庶民は税金をせっせと支払うためだけに仕事をしているのである。

議員の先生に限り、公務員の職務専念義務とは居眠り等の自由に振舞う事と規定されているのであろう。

荒れる学校と、議会中の議員の先生は一緒である。

だから、議員の先生と荒れる学校の生徒は同じ事をしていても一方は無風で詰問すらされずに一方は問題視されるのは、日本では日本国憲法第14条に規定された法の下の平等平等が規定された戦後になっても、人物に貴賎が残存した証拠。

議員の先生方は、それだけ選ばれた人種であると言う事である。

眠気に素直な議員の先生方は、眠気を促進させる副交感神経が発達していると言う事。

副交感神経が強いと言う事は、議会中に議員の先生方はリラックスしているという証拠。

議会は、立法府である。

法治国家である日本の基礎をなす法律を作る機関が議会。

行政の、不正濫用を監視摘発する組織でもある。

その日本国民の安全で健康な根幹を作り上げる議会に置いて、至極リラックスできるとは議員の先生方は選民そのものと言う事だ。

私もそうであるが、人間は睡眠欲が三大欲の一つと言われるくらい眠気に襲われる事が多い。

だから、眠気に弱い方は議員になる事をお勧めする。

と言うか、人間の大体が寝るのが好きなはずだ。

仕事中も睡眠できて、睡眠以外の三大欲である性欲・食欲も人一倍満たせる議員の先生方は皆の憧れの職業である。

私も、自由に振舞いたいという欲望があるので、議員の先生方には憧れてしまう。

それでいて、問題視されないんだから良い事尽くしである。

日本人は、この事実に気付いていない。

しかし、いずれは気づくであろう。

将来なりたい職業ランキングで、議員の先生が一位になる時が来る事があると。

何せ、こんなに好き放題出来て咎めが無くセレブな生活が保障されている楽な職業なんてあるわけないのですから。

ですので、その内、議員の先生が日本国民の憧憬の象徴になるでしょう。

実際、時代を先取りする私は少年時代から議員の先生方に対して人一倍憧憬の対象でした。

春満開で、いつも以上に議員の先生方の睡眠姿を御見掛けする事が多くなるでしょう。

それを見るにつけ、私は自由に睡眠を出来る議員の先生方に対する憧憬の想いが強くなると思います。

それと、仕事中に眠気に襲われた時にもそう思うでしょう。

田中邦衛がCMをしていた大正漢方胃腸薬の有名なフレーズに、

「食べる前に飲む」

というのがありましたが、議員の先生方の睡眠道を見ていて思うのが、

「眠くなったら思う」

と言うフレーズ。

仕事中に眠くなったら、議員の先生方の仕事中の自由な睡眠を思い出し、

「いずれは仕事中に睡魔に襲われても、躊躇(ちゅうちょ)せずに睡眠に邁進できるようになってやろう」

と、自分のやる気につなげるようにしましょう。

その道の到達点は、議員の先生。

私も、出来れば目指したいと思っています。

こんなに楽な商売って無いですからね。

合掌。

  1. 2008/04/07(月) 20:16:55|
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仕事熱心なマルサ

滋賀県内の税務署の43歳男性上席国税調査官が、親族を死亡させたり重症にしたりして三年間で11回の偽装休暇を不正取得していた事が発覚したという。

しかし、私はこれが何の問題があるのか私には分からない。

国税調査官とは、脱税を探し出し摘発する仕事。

つまり、嘘を見抜くプロでなくてはいけない。

嘘を見抜くには、自らが本当の嘘つきになるのが手っ取り早い。

ある目標があると、それになりきる事が、その気持ちも理解出来るし一番手口が分かる。

その道を、この43歳の国税調査官が邁進したのだろう。

究極の嘘つきになる事が、日本限定の立派な国税調査官になれると。

昨年5月には、名古屋氏で奈良県の上席国税調査官だった男が女子行員を人質に取り、銀行強盗を敢行し立てこもり。

去年の7月には東京国税局の職員が、JR山手線内で痴漢。

国税調査官は、何と仕事熱心な事か。

日本の警察も、このブログで度々喧伝している通り、仕事熱心さで名を轟かせている。

犯罪を取り締まる警察は、その動向に気持ちを知るために自ら犯罪を日々繰り返している。

国税調査官ももちろん仕事熱心だが、まだまだ警察の仕事熱心さには適わない。

だから、もっと上を目指して欲しい。

目指せ、警察!

ただ、さしもの警察でも国税庁の末恐ろしさは感じているはずだ。

不正を指摘されると、不当な税務調査で徹底報復される。

それでも屈しない場合は、悪友の警察・検察とタッグを組んで濡れ衣を着せて潰滅(かいめつ)させるという仕事熱心さを発揮する。

これは、警察もうかうかしていられない。

犯罪を取り締まる両組織。

切磋琢磨をして、これからも仕事熱心に犯罪に邁進していただきたいと思う。

悪友仲間の検察も、忘れてはならない。

犯罪を取り締まる組織の中で、三つ巴の仕事熱心な組織。

ここまで、自分中心に仕事に邁進できれば、何の道でも一流の犯罪人になれる事間違いなし。

警察や検察は、派手なので注目されやすい犯罪組織だが、国税は控えめなので影が薄い。

しかし、それで警察や検察に劣る犯罪組織であるとは判断してはいけない。

国税も、負けてはいません。

国税の仕事熱心さは、要注目である。

伊丹十三はいないが、「マルサの女」の続編があるなら、この仕事熱心さを題材にして欲しい。

そしたら、ヒットも間違いないと思います。

たぶん・・・。

合掌。

  1. 2008/04/06(日) 21:31:09|
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「棚上げ」再登板か?

福田政権が、風前の灯火のような状況になっている昨今。

どこかの調査で、時期総理総裁候補のアンケートの結果が発表されており、

1位 適任者がいない

2位 小泉純一郎 元首相

3位 麻生太郎 元外務大臣

の順番であったと言う。

確かに、誰がやっても日本の総理総裁は変わらないと思う。

ある意味、その「安定感」は凄い事だ。

プロレスで言うところの、マスクマンみたいなものか。

日本の総理総裁は誰がやっても同じと言う事は、小泉なら小泉のマスクを被っていれば誰でも出来る役職。

安倍なら安倍、福田なら福田。

マスクだけ用意出来れば、誰でも代役を出来るとは緊急事態も容易に回避できる。

日本の総理総裁は、つまりプロレスのマスクマン。

だから、適任者がいないのは当たり前。

顔を挿(す)げ替えれば、誰でも同じ働きが出来るのだから。

その中で注目は、麻生太郎を抑え2位に入った小泉純一郎元首相。

小泉のマスクは、「改革派」という偽装のマスク。

その偽装は何かと言うと、海部俊樹政権時に顕著に現れている。

それは、当時の海部が推し進めていた選挙制度改革。

そこで、海部はその改革案を自民党の総意として国会に提出しようとした。

それに海部自民党は、党議拘束(http://taraxacum.hp.infoseek.co.jp/teardrops/movement/restriction.html )をかけようとした。

これに徹底抗戦したのが、何を隠そう「偽装改革派」小泉だったのである。

何故なら、個人の良心や信念信条を集団の論理という脅迫で埋没させて良いのかと言う正義の考えからの抗戦だった。

日本で一番平等で自由なければいけない議会で、集団の論理が最優先されるのであれば、その国に自由や繁栄や平和は愚か平穏な生活は訪れないからである。

この徹底抗戦で、この法案は廃案になった。

しかし、思い出して欲しい。

自分の小泉政権下の最大のテーマだった郵政民営化法案で、その事を「棚上げ」して党議拘束を非難轟轟(ひなんごうごう)の中、かけた。

自由闊達(じゆうかったつ)な議論を、拘束したのである。

その「棚上げ」っぷりは、ジョークとしか思えない滑稽さを持ち合わせている。

改革を標榜(ひょうぼう)するお方が一番、改革を妨害するお方だったとは。

そんな可愛い「棚上げ」元首相・小泉純一郎氏が、また総理総裁に再登板してくれたら、その「棚上げ」っぷりを楽しめると思うと確かに楽しみでならない。

「漫画好き」で漫画のような浮世離れした政治活動しかしない麻生太郎も滑稽すぎて楽しみではあるが、世界を嘲笑させれる「棚上げ」っぷりを発揮する小泉も面白いはず。

どっちも捨てがたい。

もちろん、どちらが総理総裁になっても日本の政治は腐敗したままで変わらない。

前記した通り、日本の政治家はマスクマンなのだから。

ただ、その「劇場型」のみの政治活動は小泉にも麻生にも共通しているので空虚過ぎて滑稽で楽しい。

だから笑いすぎてなのか、「聖域なき構造改革」という滑稽なジョークで痛みが継続し続けている。

退任して後継に二人を挟んでも、いまだに痛みを強いるという多大なる影響力を色濃く残存させている小泉は「棚上げ」の大家。

その「棚上げ」は、もしかしたら「漫画馬鹿の荒唐無稽&浮世離れ政治家」の麻生太郎よりも楽しめる「劇場型政治」が見れるかもしれない。

だから今のところ、私は福田首相の次の後継総理総裁は小泉になって欲しいと思う。

何故なら、またあの「棚上げ」を見たいからだ。

不都合な事には敢えて触れずに、棚からぼた餅が振ってきた小泉。

そんなジョークを真顔で出来る人しか、日本の総理総裁は出来ない。

だから、一度「棚上げ」を挟んで「漫画馬鹿」に引き継いでも良いと思うのですが、皆さんどうでしょう?

「漫画馬鹿」の荒唐無稽さも滑稽だが、「棚上げ」のジョーク連発も滑稽な名人芸。

私はもう一度滑稽な名人芸を見たいと思います。

合掌。

  1. 2008/04/04(金) 21:41:16|
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ちょっと贅沢なを味わいたい時にすること

私がちょっと贅沢な気分を味わいたい時にする事は、妄想です。
それは、どんな妄想かと言うと税金を贅肉のような贅金として湯水の如く使いまくる公僕の皆さんになったつもりになる事です。
それは、楽しい楽しい。
何せ人の金を使う事程、自由で楽しいものは無いのだから。
一応、必要とされる金であると嘘をつかなければ税金は配分されない。
だから、その嘘をつくのも楽しいはずだ。
どうやって整合性のある嘘を考え出して、庶民が苦渋を重ねた血税を好きな事に使いきる。
「人の不幸は蜜の味」
と言うくらいだから、庶民の苦渋と言う不幸を味合わせて、それを嘲笑(あざわら)うように一瞬にして使い切る快感は忘我(ぼうが)の境地な筈だ。
公僕は、庶民から莫大な血税を窃取して生計を立てる、ある意味、接客業である。
しかし、公僕が庶民に接客をしているかと言うと、上から目線の選民意識で蔑(さげす)んで横柄極まりない態度に終始する。
だが民間の接客業で公僕のような横柄で蔑んだ接客をしていれば、苦情殺到だろう。
苦情も殺到せず、それも問題にならない公僕の世界は、楽しくない訳が無い。
金も使いたいだけ使えて、虐めてストレス発散も出来る。
それこそ、贅肉の如き贅沢の極地だ。
こんなに恵まれた、
「天国に一番近い職」
公僕への憧憬は止まず、妄想にふけるのが非常に楽しい。
格差社会を促進させる日本の政治の為、日々生活は苦しくなる。
将来への展望など、不安しかない。
しかし、公僕の妄想するとそれを忘れられる。
そうすると公僕の皆さんみたいな、贅沢な気分を味あわせてくれる。
だから感謝すると共に、楽しい職場が働きやすい職場なのでそれを無理矢理作り上げた歴代の公僕の皆さんの日々の努力に頭が下がる思いです。
どれだけ庶民から金をふんだくられ、どれだけ庶民をいじめる事が出来るか。
公僕の仕事は、それに尽きます。
楽しい職場が一番です。
私もそんな楽しい職場にいきたいが、泥棒も強盗も差別も出来ない堅物なので残念ながら辞退させていただいております。
その前に、公僕の世界から受け付けて貰いませんよね。
庶民から金をふんだくる知能や悪知恵が無く、その勇気も無い。
だから、妄想だけでその極上の世界を体感したいと思います。
血税は多額払いますが、妄想は無料です。
それで、楽しもうと思います。
妄想と言う自慰行為が、庶民の唯一の楽しみ。
苦しくなったら、妄想。
憤慨したら、妄想。
楽しい事を思えば、嫌な事も忘れます。
日本で一番楽しい思いをしているのが公僕の皆さん。
ですので、公僕になった自分を想像して楽しさを皆さんで享受してもらい楽しみましょう。
合掌。
















  1. 2008/04/03(木) 23:18:06|
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新年度・人気企業ランキング予想

度も替わり、入学入社などの新しい生活に入る時期になりました。

そこで、毎年発表される人気企業ランキングを私が独断で予想したいと思います。

ちなみに、今年の人気企業ランキングを載せておきますのでご参考ください。(http://job.nikkei.co.jp/2009/contents/business/ninki/ )




<独断・人気企業ランキング>

1位 株式会社NOVA




雲隠れ中の創業者・猿橋望前社長に、「ハーレム」の真相を聞きたいから。




2位 ミートホープ株式会社




記者会見の一族の茶番劇の真相を聞きたいので。




3位 石屋製菓株式会社




賞味期限切れの「白い恋人」を販売ルートに出したのは、「白い恋人」自体が時代遅れだと言う事のメッセージだったのか聞きたいので。




4位 株式会社赤福




赤福餅の消費期限及び製造日偽装及び原材料表示偽装と、お膝元の伊勢神宮の神道の関連はあるのか聞きたいので。




5位 株式会社船場吉兆




吉兆の創業者一族の人間関係は、社会的現象になった人気ドラマだった「ずっとあなたが好きだった」(1992年TBS)の、佐野史郎と野際陽子を目標としているのか聞きたい為。




今回は、この日本でも屈指の面白い企業を5社だけピックアップしてみました。

こんな滑稽で面白い企業はありません。

私などネタ獲得の為に入社して、本として書く為に利用したいと思ってしまう。

それに入社すれば、あまりにも滑稽でお笑いを目指す人などネタ作りにこんな絶好の場所はない。

今年の新大学4年生は、是非この予想を参考にしていただきたい。

絶対面白いはずですよ。

日々、苦笑が耐えない筈です。

笑いが耐えない職場は、稀です。

笑いは笑いでも、苦笑ですが。

合掌。

  1. 2008/04/02(水) 21:44:31|
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2008年度日本政府方針発表?

今日から平成20年度に入りました。

そして日本国民に発表がありました。

日本は変わるそうです。

為政者や公僕や権力者の皆さんが、心を改め庶民の為に働くそうです。

犯罪行為や不正行為等の不祥事を根絶するそうです。

それらの不祥事の隠蔽(いんぺい)も金輪際(こんりんざい)しないそうです。

嘘も、今日から絶対つかないそうです。

自由を返してくれるそうです。

それでいて、治安も今日から維持してくれるそうです。

そして、平等が今日から実行されるそうです。

そういう発表がありました。

これらは現在の日本では、全て実行されてない事。

真逆の状態が続いています。

だから、日本は良い国に生まれ変わるはずです。

政治も経済も国力も教育水準も、世界で屈指になるでしょう。

こうなれば、国旗掲揚国家斉唱強制や右傾化扇動等をしなくても、日本国民に自動的に愛国心は喚起(かんき)されるでしょう。

愛国心とはそういうものです。

愛や恋と一緒で愛国心などの感情は強制ではなく、そう思わせるほどの心に響く物を提供すれば良いだけの事。

日本は、良い国になります。

為政者や権力者や公僕の皆さんが、今までと真逆の事をすると言う事は、第16代アメリカ合衆国大統領エイブラハム・リンカーンの名言のように、

「人民の人民による人民のための政治」

が行なわれ、幸せと自由が充満する社会になるでしょう。

今までと違って、弱い者虐めがなくなります。

今までと違って、不公平がなくなります。

今までと違って、言論の自由が保障されます。

皆さん安心してください。

為政者や権力者や公僕の皆さんが今までと真逆の行動を取ると宣言したと言う事は、国民は幸せを享受出来ます。

人権と言う権利を、手に入れることが出来ます。

やっとで安心出来る社会になりますね。

と言うのは、嘘です!

何せ、今日はエイプリル・フールですから。

為政者や権力者や公僕の皆さんの得意技である、嘘を恐れながらエイプリル・フールを利用してついてみました。

皆さん、騙されましたか?

我らが、日本の為政者や権力者や公僕の皆さんが、そんなに自分達の犯罪行為や

不正行為等の不祥事に対して、反省などの動揺を抱く事は全くあるわけないじゃないですか。

感情のある人間だから反省する等と思った方は、日本の為政者や権力者や公僕の皆さんを甘く見すぎています。

日本の為政者や権力者や公僕の皆さんは、世界でも屈指の不動心を持ち合わせた傑物集団。

どんな犯罪行為をしても、どんな不正行為をしても、日本の為政者や権力者や公僕の皆さんは不動心で心の動揺が起きません。

人生において、不動心は非常に大事な事。

日本の為政者や権力者や公僕の皆さんのように良心を捨てて不動心を持つ事は、呵責(かしゃく)がある私達庶民には無理でしょう。

しかし、日本の為政者や権力者や公僕の皆さんのような根が張ったような強固な不動心は見習うべき。

見習う事がある為政者や権力者や公僕を持った、日本国民は何と幸せな事か。

ですので、我が国の為政者や権力者や公僕の皆さんに感謝申し上げたいと思います。

合掌。

  1. 2008/04/01(火) 21:29:18|
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プロフィール

Author:善導義塾塾長
1974(昭和49)年生まれ。日本体育大学卒で現職は御荷物三流ドアマン。趣味は、
・乱読(遅読派)
・アジテーション(扇動)
・権力の不正濫用に抵抗する事
・金をかけないトレーニング(鉄棒・平行棒を中心とする自重トレーニング、プライオメトリックス、SAQ等)
・日帰り低山登山(締めは立ち寄り湯)
このブログを基盤に、権力の腐敗を監視糾弾する為の執筆活動及び政治活動・社会運動に没頭したいというのが夢です。

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