新与太随筆

以前運営していた、「与太随筆」をバージョンアップして引っ越してまいりました。目玉企画は、世の中の不条理を褒め倒して風刺する「褒殺風刺地獄」と、枠に囚われずに感化善導出来る話を紹介する「人生の教科書 一日一話」です。

腐敗政治への憎悪を家父長制で許容しよう

昨年大問題となった衆議院の新赤坂宿舎で、また問題が噴出した。

それは、浮世離れした絢爛豪華ながら格安<民間相場が約50万円の所、9万2000円の格安家賃>であると言う問題ではなく、そこに引越しする議員の引越し代金が国庫負担で賄(まかな)われるという事。

海外で議員宿舎制があるところは、ほとんど無い。

あったとしても、日本ほどの優遇処置のある国は無い。

それも、約100万円の転居費用を請求する兵(つわもの)もいると言う。

確かに、一般常識からすると憤慨すべき事項だ。

ただ、そこは浮世離れした政治家の先生方でっせ。

諸外国の政治家と、比べては酷です。

先にも書いた通りに、諸外国では議員宿舎制がある所は皆無。

しかし、その優遇処置がありつつ、その議員宿舎が浮世離れした絢爛豪華さに比して格安。

正に、政治家の先生は日本の選ばれた民族なのである。

世の中に出た氷山の一角だけで、ここでは書ききれない位の犯罪を重ねられているのにも関わらず、横柄でいて権力、財力、未来永劫の権威を獲得できている。

こんな集団は、世界を探しても独裁の王族くらいしかいないはずだ。

基準を庶民の目線には置いてはいけないと言う事。

庶民は、引越しは一世一代の大仕事。

賃貸不動産を例に出すと、大家や不動産会社は部屋を借りる借主より断然立場が上だ。

法律上(消費者契約法)は、同等の立場である(http://www5.cao.go.jp/2000/c/0512c-keiyakuhou.html )。

しかし、敷金はまだ許容できるが、礼金に更新料に退去時のクリーニング代など、通常使用であっても搾取されるのが日本では常識となっている。

ただ他の業界で冷静に判断すれば、こんな殿様稼業をしていたらやっていけない。

そんな殿様感覚の不動産業において、その上を行く殿様稼業を平然と無風でなされているのが政治家の先生方だ。

庶民感覚では考えられない100万円の転居費用も出させる兵もいる。

それも国庫、つまり国民の血税負担である。

日本は家父長制の国家だ。

つまり日本国民の家父が、政治家の先生方。

家父の言う事は絶対であり、理不尽にも無抵抗が原則だ。

飲んだくれて仕事もせずに、博打や女に現(うつつ)を抜かし借金を重ね家庭を崩壊させる日本の駄目親父の典型が政治家の先生なのだ。

その日本の駄目親父は、家父長制があるからこそ成立していた。

それに我慢を重ね、ひたすら耐え抜いて、朝から晩まで働きずめで子どもを細腕一本で育てる虐(しいた)げられた母親が日本国民なのだ。

政治家の先生方は、とことん駄目親父だ。

でも家父である。

日本は、天皇制が残っている通り家父長制の社会。

だから虐げられる母親である私達日本国民は、とことん駄目な政治家の先生を物心両面から今までのように無償の愛を注がなければいけない。

そうしなければ、駄目親父と一緒の政治家の先生方は生きていけないのだから。

何も出来ない。

何もする気も無い。

とにかく、好き放題に生きる駄目親父である政治家の先生が生きていけるには、虐げられる人身御供のような存在がいなければ成立しない。

それが、私達日本国民。

「天皇万歳!!」

と亡くなった第二次世界大戦の特攻兵と、私達日本国民の立場は一緒だ。

「政治家の先生万歳!!」

これが私達、現在の日本国民の生きる術(すべ)。

辛く苦しい。

だけど、駄目すぎる存在である駄目親父である政治家の先生を見捨てないのが、天皇制と酷似した家父長制を色濃く残した日本国民の務めである。

皆さん頑張りましょう。

合掌。

  1. 2008/02/29(金) 21:49:42|
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為政者や官僚の倫理観を体現した山口良忠の出処進退

海上自衛隊の事故における毎度毎度の隠蔽(いんぺい)に被害者への恫喝(どうかつ)、そして出処進退(しゅっしょしんたい)のいさぎ悪さ。

それが日々、露呈してきている。

いつもの事と理解しつつ、辟易(へきえき)とするしかない現状は日本に生まれた事を怨嗟(えんさ)に思わざるを得ない状況だ。

そこに、一服の清涼剤となる日本人を紹介したいと思う。

為政者や官僚のいさぎ悪すぎる出処進退しか知らない現代日本人であるが、以前は実際にこういう日本人がいたのである。

爪の垢を煎じて欲しい。

そんな希望的観測は、流石にもう諦めた。

それだけ、日本の為政者や官僚の腐敗は取り返しがつかない状態に陥っている。

しかし、何かを感じて欲しい。

そんな一服の清涼剤となる日本人の名は、山口良忠(やまぐちよしただ)氏。

東京地裁の裁判官だった人である。

現在の日本の司法に正義は存在しない。

しかし山口は正義に生き、正義のために死んだ正義漢だった。

山口は1913(大正2)年、「葉隠精神」で有名な佐賀県で生まれた。

京都大学を卒業後、裁判官になった山口は太平洋戦争の最中、東京地裁に転勤した。

当時は戦局の悪化と共に、食糧難が日々進んでいた。

だから国民は、闇米で飢えを凌(しの)いでいた。

それは、裁判官仲間も同じ事であった。

山口は、闇売買を取り締まる裁判官。

だから、建前を嫌い闇米を食べて飢えを凌ぐ事を拒否した。

そこには、頑固といわれる位の正義感があった。

それと共に、山口には

「経済犯を取り締まるには、経済犯と同じ境遇に身を置き、その窮状を理解しなければ裁けない」

という、職務に対する清廉な思いがあった。

山口には、二人の幼い子どもがいた。

そして、愛妻もいる。

配給は遅配や欠配も横行し、そもそもその基準が庶民虐めで劣悪であった。

しかし、山口は闇米を頑なに拒否した。

政府や皇族への、抗議の気持ちを強く持っていた。

徹底的な管理という搾取(さくしゅ)で、食料があるところにはあった。

と言って闇米の取締りには、温情を施(ほどこ)した。

闇米をする気持ちが、重々理解出来たからである。

食料事情の悪化と共に、闇米の裁判は増えていく。

つまり、闇米を拒否し劣悪すぎる配給だけで細々と暮らしていた山口は体力が着実に減っていく中、日々仕事を増やしておかざるを得なかった。

その窮状に親族は食料を届けに来たが、それも断固拒否。

しかしやはり無理がたたった。

栄養失調の症状が目に見えるようになり治療の勧めがありつつ拒否していたが、地裁の階段で転倒。

栄養失調による肺結核で33歳の若さで死去。

山口の選択が、必ずしも正しいとは思わない。

しかし、現在の為政者や官僚に一番欠落している倫理観がこの山口には如実にある。

山口は、闇米を買える立場にいた。

しかし、倫理観にもとるので断固拒否した。

現在の為政者や官僚のように、私利私欲を貪(むさぼ)る事もせず。

医者や警察や教師と共に為政者や官僚は、倫理観を前提に強大な権力を持つ事を許された職である。

だから倫理観を逸脱すれば、歯止めが利かなくなり専制になるのは時間の問題だ。

日本は、ほとんどの社会がその状態になっているので閉塞(へいそく)しきっているのである。

山口のこの高潔さは、それを改善させる手本である。

為政者や官僚に、この人生を考えさせたい。

しかし、庶民の側もこの人生について考えなければいけない。

為政者や官僚は、私達庶民の血税で雇っている公僕なのだ。

だから、私利私欲に走られて黙っていたら甘く見られて暴走するだけ。

慣れを排除してそれを異常と理解し、職務を遂行させるために本来の為政者や官僚の倫理観を知らなければいけない。

その手本が、この山口の高潔な人生だ。

私も山口の人生をじっくり考えて、為政者や官僚の腐敗を正す為の材料にしたいと思います。
  1. 2008/02/28(木) 22:38:03|
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交番の警察官の特殊能力

世界共通語となった「交番」。

通る道に「交番」があると、警察ファンの私は横目でじっくり観察する。

直視してしまうと、

「人を見たら、犯罪者と思え」

と教育されている警察官に、あらぬ嫌疑(けんぎ)を掛けられて、お得意の濡れ衣を着せられてしまうので、あくまで横目で。

その研究結果を、今夜発表させていただきます。

結果から発表させていただくと、交番の警察官は「気象予報士」である。

どういう事かと言うと、交番の警察官の行動を見ると、天候が如実に分かるのだ。

現在は、まだまだ真冬である。

だから、外に出ている警察官は少ないし、仮に外に出ていてもその時間は少ない。

しかし、春麗(はるうら)らかな気持ち良い気候の時は、どこの交番でも誰かが出ているような状態で、自転車で巡回中の警察官も目に付く。

もちろん、交番は交番でも空き交番は除かせていただきます。

日本の警察官は、昇任試験でお忙しい身である。

昇任試験の為なら、サボる例も少なくない。

日本人は交番には警察官が常駐していると思っているが、空き交番は非常に多い。

だから、交番に警察官がいると思って駆け込んだら常駐していなく、反撃を食らったとの事件も起きている。

存在意義が、ほとんど無い公安調査庁の調査官や皇宮警察官を昇任試験に懸命で常駐できない警察官の変わりに常駐させれば、税金の無駄遣いも軽減するし一挙両得では無いかという正論を吐く人もいるが、それはごもっともだと思う。

ただ、今回は空き交番の話は隅に置かして貰う。

今回は、「気象予報士」としての警察官の類稀な能力を褒め称えたいので、悪しからず。

交番制度は、空き交番や昇任試験に御執心の警察官の増加など問題視される事が多いが、「街の気象予報士」としての役割をきちっと果たしている点は評価して欲しい。

多額の血税で養っている連中なのだから、気候天候に限らず職務を遂行しなければ詐欺であると思う方もいらっしゃるかもしれない。

確かに、事件事故は気候天候を選択してくれない常在戦場であるから、もちろんこれらも正論中の正論だ。

しかし警察官とは、(天候を)警戒する・(天気を)観察する職員に成り代わったのかもしれない。

だから、寒暖の時は閉じこもり、麗らかな気持ちの良い気候の時は日向ぼっこする。

それにより、国民にその土地の気候を知らせる。

そういう任務を遂行している、有難い方々なのかもしれない。

我らが有難い警察官に、南無阿弥陀仏と感謝しよう。

日々更新されるような、警察官の不祥事(http://www.doblog.com/weblog/myblog/38229

http://www.web-pbi.com/affair.htm )は気にせず。

天気は、多くの人の生活と生計に大きく影響する物。

日本の警察官は、真の職務である日本の治安維持は崩壊させているが、多くの人の生活や生計に大きく影響する天気を発表する事で遠回りであるが治安維持に結び付けようとしているのではないか。

何と有難や。

私の調査結果では、警察官のこの特殊能力とその存在意義を発見した。

石原義純も森田さんも、日本の警察官の気象予報士としての能力には辟易(へき)ではなく、感心しきりだと思う。

「天気を知りたければ、交番に行け!」

これが常識になる日も近いか?

ただ、気象予報士のように先の天気予報は出来ない。

しかし、その時の天気は警察官の状況で明瞭に判別できる。

日々更新されるような不祥事の総合商社・警察官をプラス思考で見てあげる事は、重要だ。

「駄目な子ほど可愛い」

と言うとおり、何も取り得の無い警察官は私には非常に可愛い。

だから無理矢理、警察官の良い点を見つけてあげました。

甘いと言われるのは、重々承知しています。

でも可愛いと共に、警察は卑屈なので怖いと言う感情もある。

だから、礼賛記事を書かせてください。

目をつけられて、人生を滅茶苦茶にされないように。

警察官にも、良いところがあるんです。

それを、私は分かります。

その唯一の能力が、気象予報士の能力。

私は、警察官の日本一の応援団です。

「警察官の皆さん、こんな感じでどうでしょう?」

合掌。



  1. 2008/02/26(火) 21:29:38|
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天皇陛下を御助け出来る、日本の身分の貴賎

我らが日本国民の象徴・天皇陛下が癌治療の影響で、骨粗しょう症の疑いが出てきたという。

骨粗しょう症とは、骨量が減少し、一般生活レベルの圧力で骨折が起き易くなる病気。

「我らが日本国民の象徴である天皇陛下を、別の病に苛ませるなど不敬罪であるぞ!。この非国民が!!」

と憤慨する愛国心に溢れた方々も多くいらっしゃると思います。

しかし、私はそれに異議を唱えたい。

確かに、我らが日本国民の象徴・天皇陛下を治療の過程で別の病に苛ませるなど不敬罪の極みであるというのは私も賛同します。

しかし、医師団が懸命に現在最善と思われる治療を施した上での副作用であるというのは理解していただきたい。

彼らは、我らが日本国民の象徴である・天皇陛下を治療するので、日本でも屈指の癌治療の権威達である。

その彼らが、懸命に施した治療。

日本に厳然と存在する身分の貴賎で見てみると、我らが日本国民の象徴・天皇陛下とは相反する身分の現在増え続ける独居老人は、治療すら受けれないで孤独死する例も珍しくない。

生活保護も受けれずに慎ましやかな暮らしも送れず核家族化が進むこの日本の世の中で、餓死や孤独死をする独居老人が増えている。

これらの独居老人も、日本でも屈指の権威の医師団に治療を受けたいだろう。

それに、生涯生活が保障される人生を送りたいだろう。

そして、周りに人がいる生活が送れる人生で終焉(しゅうえん)したいであろう。

しかし、これらを独居老人に施してしまえば、我らが日本国民の象徴・天皇陛下にこれだけの治療と生活を保障できなくなる。

2005年現在で260億円強の予算を計上した皇室費を捻出出来なくなるからだ。

現在は、「姥(うば)捨て山」は存在しない。

しかし、現在の日本は「庶民捨て国」となった事で、我らが日本国民の象徴・天皇陛下や皇族の方々に年間260億円強ばかりの献上金を捻出する事が出来ている。

庶民を切り捨てる事で、我らが日本国民の象徴・天皇陛下や皇族の皆様の生活を保障できているのだ。

庶民の中でも、弱い部類の独居老人の方々の犠牲でそれが加速。

高齢化社会になり医療費が嵩(かさ)む世情の中、独居老人を切り捨てる事で、そこを軽減し、260億円強という皇室費の一端を捻出出来ているのである。

皆の犠牲で、日本国民の象徴・天皇陛下や皇族を守っている。

日本国民の象徴・天皇陛下や皇族を守れるなら、犠牲になっても本望(ほんもう)と思えるのが我らが民族なのだ。

多数の弱い独居老人を助けるより、一人の天皇陛下を助ける為に全力を注ぐ。

日本国民の象徴であり日本国民の総意に沿って、倫理観や正義感に眼を瞑(つむ)って遂行出来る日本の医療行政は素晴らしいではないか。

だから、表面的に我らが日本国民の象徴・天皇陛下に治療の過程で副作用を苛ませてしまったからと、批判するのは浅薄(せんぱく)であると喝破(かっぱ)したいと思う。

合掌。




  1. 2008/02/25(月) 20:02:11|
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羽毛田信吾 宮内庁長官の発言の真意

宮内庁の羽毛田(はけた)信吾長官が、定例記者会見で、

「(皇太子の)参内の回数が増えていないので、両陛下も心配している」

との発言が波紋を呼んでいる。

所詮、一般人の宮内庁長官が皇族の方に苦言を呈するなど言語道断だとの意見があるというのは、私も重々理解する。

皇族は、日本の象徴ですよ。

名も無き庶民とは、雲泥の差があるのはしょうがない。

ただ、羽毛田長官の苦言は、裏読みしなくてはいけないと思う。

所詮庶民の宮内庁長官が、皇族に苦言を呈したら日本では自由に生きていけないというのは、一番分かっているはずだから。

つまり、羽毛田長官は身を挺して皇族を守るために苦言を呈したのだ。

たぶん・・・。

日本経済は、成長率の低下にGDPの下落に公的債務の増大などが重なり閉塞(へいそく)しきっている。

その為、雇用状況も改善されず、家庭の財布もきつくなっている。

そういう流れで、日本社会全体でリストラなどで無駄遣いを排除しようと躍起(やっき)になっている。

聖域と言われた場所にも、そのメスが入ろうとしている。

しかし、日本最大の聖域である皇室の無駄遣いにもメスが入るとの心配があったのではないかと思うのである。

その為に、その攻撃の矛先(ほこさき)を正論である皇室の無駄遣いではなく、一般人の皇室への苦言と言う不敬に向けようとしたのではないか。

皇室費は、2005年で約263億円。

それは累計ではなく、2005年のたった一年間で。

これほどの無駄遣いは、日本ではまず存在しないのではないか。

ただ、皇室を頂(いただき)に置く日本国。

そこの聖域は、何が何でも死守しなければいけない。

大切な人が殺されようと、大量に殺戮(さつりく)しようと。

その日本国民の総意を羽毛田長官は察知し身を挺して、数少ない正論を振りかざす堅物(かたぶつ)の連中の追及の眼をくらませようとした勇者なのではないか。

日本に正論なんか通用しない。

正論を振りかざせば、身の危険に晒(さら)される。

言論の自由は無い国が日本なので、その国民性を理解して、日本国民の頂に鎮座する皇室を守ったのである。

だから、勇者である羽毛田長官を非難はしてはいけない。

表立っては賞賛できなくても、心の中で賞賛してあげようではないか。

私達のシンボルである皇室を、正論から守ったのである。

たぶん・・・。

私は、羽毛田長官のその意図が如実に理解できたので、感激を禁じ得ませんでした。

羽毛田長官、アッパレ!!

皇室は永遠であれ!!!

合掌。

  1. 2008/02/23(土) 20:59:18|
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海上自衛隊イージス艦過失激突事故の教え

今日も「日本軍」海上自衛隊のイージス艦の過失の事故の、援護射撃をさせていただきたいと思います。

漁師側と「日本軍」海上自衛隊側の事故の意見が、真っ二つに分かれた事で「日本軍」海上自衛隊側の情報操作と隠蔽があるのではないかという非難に晒(さら)されている。

確かに、漁師側の意見を聞くと理路整然としているし、整合性がある。

一方、「日本軍」海上自衛隊は、調査中だの逃げの一手を取ったり、全く信憑性(しんぴょうせい)が無いのは誰でも一目瞭然だ。

それについて、責任者である石破茂 防衛大臣の責任論争が巻き起こっているが、伝統的に「日本軍」において責任者が清廉(せいれん)な出処進退(しゅっしょしんたい)を取った事は皆無(かいむ)だ。

それも辞めれば、責任を取った事につながらない。

1988年初夏のかの有名な30名を殺害した「なだしお事件(http://blog.goo.ne.jp/taraoaks624/e/98995aa4d8f30db8f6782448e866ea89 )」でも、責任者として当時の瓦力 防衛庁長官が引責辞任したが、いまだ衆議院議員として大きな顔をしている。

それに、その瓦力議員はのうのうとその後、防衛庁長官に返り咲いている。

この「逆コース」ついて、日本では全く問題視されなかった。

一般社会では、考えられない事であろう。

しかし、それが日本そのもの。

それが、日本の責任者の万世一系(ばんせいいっけい)の伝統である。

有名なのは、太平洋戦争の責任者の責任の取り方。

そこが、いまだに日本が戦後賠償として金を引っ張られる元凶。

有耶無耶(うやむや)にして、本当の責任者への責任に辿(たど)り着かせない。

その方法が、この日本の伝統なのだ。

日本にとって、この万世一系の伝統はどんな事が起こっても外せない者。

責任の所在を明確にして清廉な出処進退を取らせるというのは、日本にとっては「タブー」である。

日本において「タブー」は、触れてはいけないもの。

「タブー」が権威となって、それが絶大なる権力となる。

つまり日本において責任者は「タブー」が存在して、それに触れる事は村八分(むらはちぶ)にあうという万世一系の伝統がいまだに存在するのだ。

それが日本がいまだに存在する身分制。

だから、どんな屈辱を受けようと命を奪われようと、身の丈にあった行動や発言をしなくてはいけない。

それによって、「タブー」を受け継ぎ日本独特の万世一系の伝統を継承する。

それが、日本国民の務めなのだ。

その象徴が、「日本軍」自衛隊。

どんな卑劣な事をしても、責任論争を煙に巻く。

国民の血税である1400億円のイージス艦で、庶民を陥れたこの事件。

日本には、戦後になり自由ができたと勘違いし、身の丈にあった行動をしない跳ねっ返りが多く出現した。

しかし、日本はボスが数の暴力により親分子分の階級制が存在する村社会。

その御上のお蔭で自分達が存在すると思わねば、生活できない社会なのだ。

その生き方をいつも教えてくれるのは、「日本軍」自衛隊である。

自己主張をしてはいけない。

正義や透明性は、求めてはいけない。

出る杭は完全に打たれる。

これが、日本の万世一系の伝統だ。

それを守る事が、日本で生きていく唯一の手段だと教えてくれているのだ。

日本は生き辛い。

ただ、潔悪(いさぎわる)く狡猾(こうかつ)な日本の万世一系の伝統を死守し問題視しない事が、日本で生き易く出来る唯一の手段。

だから、今回も正論の責任追及は自分の身の為ではありません。

日本で一番重要なのは、万世一系の伝統である身分制なのですから。

合掌。




  1. 2008/02/22(金) 21:32:10|
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自衛隊及び日本政府の頼もしさ

今月19日、海上自衛隊のイージス艦が千葉県南房総沖で地元の漁船に激突し、漁船の乗組員二名が行方不明になった。

その後、海上自衛隊の幹部の遺族への口止め工作など表面化して、非難が巻き起こっている。

しかし、私は日本の軍隊なんてこんなものだと思う。

自衛隊は、どんな言い訳をしても軍隊である。

そこを、無理すぎる言い訳で、

「軍隊ではない!」

と言い張る、厚顔無恥さは有事の際に、絶対に武器となるはずだ。

断言しても良い。

戦争は、騙しあいだ。

奇麗事など言ってられない。

太平洋戦争でも、騙しに非情さでは日本軍に適うものはいなかった。

七三一部隊(http://www.ne.jp/asahi/tyuukiren/web-site/backnumber/07/tuneisi_731.htm 、http://www.iom1960.com/china-photo/731-butai/731-butai.html )など、その典型であろう。

七三一部隊は、世界でも屈指の卑劣さで現在でも名を轟かせている。

その日本軍を名前を変えただけの自衛隊も、その世界屈指の卑劣さは受け継いでいる証拠である。

1988年の初夏にも、「なだしお事件(http://blog.goo.ne.jp/taraoaks624/e/98995aa4d8f30db8f6782448e866ea89 )」という、海上自衛隊の潜水艦が遊漁船に衝突し庶民を殺害した事件もあったが、こうやって庶民を殺す練習をしているのであろう。

溺れていく庶民を、自衛官は見殺しにしたという非情さを発揮した。

戦争は、軍人を殺すのはもちろん、庶民を殲滅(せんめつ)する事がかなり戦況に影響する。

それは、国威の戦意に如実に現われるからだ。

もちろん、戦争にルールがあるという方もいるだろう。

ただ、日本の持ち味は卑怯さ。

軍人同士で殺しあうのが本筋の戦争ならば、日本は非道と言われようと庶民を虐殺する。

これが、日本軍及び自衛隊の専売特許だ。

「一殺多生」

という単語がある。

意味は、

「一人を殺す事で、多くの人の為になる事」

と言うような事だ。

要人へのテロを実行する人の心意気は、大概このような感じである。

ただ、殺人に隠蔽に談合のオンパレードの厚顔無恥な自衛隊の行動規範は、

「多殺一生」

であろう。

多くの庶民を生贄(いけにえ)に、一部の支配者階級が生き残る。

これが、目的なのだ。

日本という国家は、一部の支配者階級の物というのが現状であるから。

私達庶民は、一部の支配者階級の為に汗水流して血税で食べさせ、そして命を削らせる。

これが、一部の支配者階級の為になるのが、日本の庶民の生き甲斐。

自国民に非情になれなければ、戦争は勝ち抜けない。

責任者の石破茂 防衛大臣は、謝罪のポーズをしに現地へ向かったが、ポーズはポーズ。

不明者がいまだいるのに、食事もしただろうし、睡眠もしたはず。

自分で海に潜って探しもしない。

日が落ちたから、捜索は次の日に持ち越し。

被害者の心からの窮状を聞きながらの、責任者としてのこの対応。

戦争に必須の類稀な非情さを持ち合わせた、自衛隊の総責任者・石破茂 防衛大臣のこの立ち居振る舞いは、日本国民として非常に頼もしいではないか。

普通の人間の感情を持ち合わせていたら、ここまで非情に行動できない。

戦争が仕事の自衛隊。

そこに特化した自衛隊のこの事件は、世界の軍隊の中でも屈指の非情さを持っていると言っても過言ではない。

2001年の晩冬にハワイ沖で起きた米軍原子力潜水艦が漁業練習船に追突し、9名が死亡した「えひめ丸事件(http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/ehimemarujikenn.htm )」も、当時の森喜朗首相は、この事故の一報が入ってもゴルフをやり続け、それを報道陣に指摘されると逆切れ。

アメリカ側には、厚意に厚意を重ねて対処。

この非情さも、世界で屈指の国家元首であった。

つまり、日本の為政者や軍隊は、戦争に必須の非情さに掛けては世界でも並び証される国がない実力を持っている。

その実力は、日本国民として誇るべき事かもしれない。

庶民の命は、人身御供(ひとみごくう)。

それが、日本政府の根本的な考え。

それにより、日本を牛耳る一部の支配者階級の方々が生き残れば日本国民の本望(ほんもう)。

たぶん・・・。

その世界屈指の非情さを、頼もしく思ったのは私だけだろうか?

自国民の命を奪っても、ポーズだけで何も痛くも痒くもない為政者がいる日本。

経済が停滞する日本において、世界に重きを置くものは、

「為政者の非情さ」

これは、北の将軍様なんて問題にならないであろう。

北朝鮮も中国も、恐れる必要は無い。

日本は安泰である。

たぶん・・・。

合掌。

  1. 2008/02/21(木) 21:47:49|
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新司法試験は平和の象徴

一端の不良からたった6年で弁護士になったと言う実話のサクセスストーリーを描いた、金崎浩之氏(http://ncmro.org/top/rep_03.htm )の「ヤンキー弁護士になる」(講談社)という本を読みました。

金崎氏もそうであるが、極妻から弁護士になった大平光代氏のようにドロップアウトの位置から弁護士になったというサクセスストーリーが司法試験にはあった。

金が無くても学歴が無くても、腕一本でのし上がって弁護士になれる。

そういう庶民の期待を抱かせてくれる数少ない平等の資格が、弁護士であった。

しかし2011年から完全移行の新司法試験では、庶民の数少ない希望であった弁護士資格が金も学歴も無ければ受験すら出来なくなる。

金が無ければ時間を掛けなければ取得する事が出来ない日本の最難関資格である司法試験は、庶民にはかなり困難になる。

つまり、平等を原則とする法を司る弁護士という職においても、「勝ち組」と「負け組」の両極化が厳然と存在するようになる。

「庶民は希望を抱かず、慎ましやかに身の丈にあった生活をしろ」

という御上(おかみ)の有難い教えなのである。

元々、日本の司法に正義など存在しなかった。

裁判官など、検察の意見の追随が通例となっている。

法の下に平等があるというのは体の悪い妄想そのものだったのである。

その中で、金も学歴も無いような庶民感情が分かる人情弁護士がいたらば、平等がない日本の司法制度がうまく立ち行かない可能性がある。

うまく立ち行かなければ、金も嵩(かさ)む。

「勝ち組」と「負け組」という日本の伝統である身分制度も崩壊しかねないので、治安が騒乱するかもしれない。

つまり、日本に真の司法の目的である「平等」が達成される事があれば、必ず軋轢(あつれき)が生じるので、それを回避しようという考えがあるのであろう。

司法の目的は、法により治安を守る事である。

つまり、日本の治安は「勝ち組」と「負け組」の差別の下に成立するものなので、それを崩壊させる庶民のサクセスストーリーは根絶させようとする動きが新司法試験の導入完全移行であると思う。

そこまで考えてくれる、日本の政府は素晴らしいではありませんか。

そして、これからは訴訟社会になってきているが、それは弁護士の稼ぎ得。

それに、そうなると金も掛かるので庶民は泣き寝入りするしかない。

庶民の浪費も少なくなる。

平等と言う日本では通用しない理想に燃えても無駄だと言う、日本政府の有難い教えなのである。

「弱きを助け、強きを挫く」

のが任侠なのですが、

「弱きを挫かせ、強きを助ける」

のが日本の為政者。

それが、日本の平和を保ってきた伝統。

「一億総中流社会」

から、

「勝ち組」

は一人勝ちする一方、

「負け組」

は生活するだけで精一杯の二極化になった。

つまり、金も時間も掛かる新司法試験など、生活するだけで精一杯の庶民には身の丈に合わず、その慎ましやか過ぎる生活を自ら崩壊する事はしてはいけないという事なのだろう。

それを冷静に指摘してくれたこの司法制度改革委員の皆さん(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/sihou/kousei.html )に感謝しましょう。

これで、日本の平和は少しは維持できた事でしょう。

合掌。

  1. 2008/02/18(月) 12:15:52|
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日教組と連合の捕らぬ狸の皮算用

日教組(日本教職員組合)が、プリンスホテルから契約を破棄され使用制限をされた事で東京高裁から使用許可の判決を受けたにも関わらず、その姿勢が変わらないという事で集会・結社の自由(http://www.uraken.net/houritsu/kenpo12.html )を侵害されたとしてホテル側の対応を批判し法的手段も考えているというニュースがある。

それに付随して、日教組の上部団体の連合(日本労働組合総連合会)は対抗手段として、連合の集会で全国のプリンスホテルを当分の間、使用しないと宣言した。

気持ちは非常に分かる。

法的にも正しいのだろう。

ただ、連合と日教組の皆さん、相手はあのプリンスホテルですよ。

非常さで蛇蝎の如く恐れられた「ピストル堤」こと堤康次郎が創業し、その三男・堤義明が展開したホテル。

一時期は、ベールに包まれて世界を震撼させる数々の神話を作り出していたが、一度崩壊すると醜態が次から次へと湯水の如く出てきた(http://www.nikkeibp.co.jp/style/biz/topic/seibu/060123_1st/ )。

驚く程、程度の低い独裁政権を築いていた西武王国。

それで経営も変わり歩き出したが、そうそう巨大組織は変われるはずが無い。

残党が残っている可能性も、多分にあるはずだ。

政財官界全て、堤マネーに篭絡(ろうらく)されていた。

女優や女性有名人も、堤マネーに政財官界を篭絡した権力に股を開いた傑物も数多いと言う。

そんな西武グループのホテルですよ。

そこに平等を期待する事自体が、浅はかである。

堤義明と堤家の繁栄の為だけに、存在し運営されていた西武グループ。

経営が変わったからといって、そんな腐りきった組織が革新すると思いますか?

普通に考えれば、無理ですよね。

だから、日教組と連合には、それを期待したという事自体に対して苦言を呈したいと思う。

期待とは、実行されるだろうと望みを掛けて待つ事を言う。

堤独裁下では、それに足る組織では完全になかった。

それから、いまだ数年しか経っていない。

そんなプリンスホテルに正義を嘱望する時点で、日教組と連合は大間違いを起こしている。

そこを冷静に理解すべきだ。

元々、極右の時代風潮が大勢を占める現在の日本では、為政者の目の敵される組織。

その不利も理解するべきだ。

目立った事をすれば、攻める材料をみすみす与えてしまうようなもの。

村八分にならにように、「KY」には気をつけましょう。

合掌。

  1. 2008/02/16(土) 21:53:03|
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「問題発言王子」鳩山邦夫君へのエール

法務大臣の鳩山邦夫の問題発言がの連発が、巷(ちまた)を騒がせている。

鳩山邦夫は、言わずと知れた名家 のお坊ちゃま。

実兄は、民主党幹事長の鳩山由紀夫。

祖父は、元首相の鳩山一郎。

母方の祖父が、ブリジストン創業者の石橋正次郎。

遠縁では、戦前の三井財閥の大番頭で血盟団事件 で射殺された團琢磨(だんたくま)。

このような、麻生太郎に負けず劣らずの名家のお坊ちゃまが、今回の主役・鳩山邦夫君である。

日本の政治家は、二世・三世の世襲議員が大勢力を誇っている。

それが、日本の政治を悪くした元凶と批判されるが、それはごもっともだと私も思う。

実力社会に、世襲は通用しない。

しかし、日本の政界は実力社会ではない。

1947(昭和22)年まで存在した貴族院 は、基本的に世襲の議員で占められていた。

日本は実力よりも、家の貴賎で物事が決まる社会。

その伝統が、現在でも色濃く残っているのである。

その典型が、この鳩山邦夫君である。

日本の伝統芸能の一つが、世襲議員。

それを恥ずかしげも無く守り通す鳩山邦夫君は、素晴らしいとは思いませんでしょうか?

実力よりも、家の貴賎で物事の価値観が決まる社会である日本において、その伝統芸能・世襲議員の大家である鳩山邦夫君に、政治家としてのポリシーを求めるのは道理に合わないと思う。

つまり、実力ではなく家の貴賎で選出された世襲議員に実力を求めるのは酷。

確かに、鳩山邦夫君は現在、法務大臣の役職に就いている。

法務大臣とは、国民の人権を擁護する法整備をする法務省の長である。

死刑執行の権限も持っていて、鳩山邦夫君がなってから勢い良くどんどん執行している。

「そんな実力も無い奴に、国民の命を預けて大丈夫か?」

と疑問を呈される方も、大勢いらっっしゃるでしょう。

それも、ごもっともだと思います。

確かに政治は、集団の正義や幸福を達成するために存在するものである。

その最高意思決定機関が、議会だ。

しかし、日本は家の貴賎でほとんどが決定する身分制度の残存する社会。

つまり、名家の幸せが日本の幸せ。

庶民は、名家の皆さん物心両面共に幸せになってもらえる事が、自分達のささやかな幸せにつながる。

だから、世襲議員を選出している時点で実力を求めえるのは、お門違いなのだ。

鳩山邦夫君が、衆議院議員をやり法務大臣でも楽しければ、私達庶民は幸せなのである。

それを幸せと思えないならば、その候補者に投票すべきではないし、その候補者に失礼極まりない事になる。

世襲議員にとって、政治は面白いお遊びなのである。

だから、お遊びの中なので人の命も気分次第で自由に決裁しても良心の呵責に苛まれる事はない。

なぜならば、お坊ちゃまのお遊びなのであるから。

それを批判する方々は、理解しましょう。

鳩山邦夫君は、楽しんでいるではないですか。

実力ではなく家の貴賎で当選させた以上、それは勤めです。

合掌。

  1. 2008/02/15(金) 19:40:36|
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亀田一家の強さは「間違いない?」

日本の埃、ボクシングの亀田兄弟。

その反則王、次男・大毅が、先月愛車で人身事故を起こした。

それに対して報道陣に問われた大毅は、

「車って、ぶつけるもんやんか」

と常人離れした答えをしたそうなんです。

流石、反則王。

この日は、高校レスリングの一番の名門・霞ヶ浦高校のレスリング部の見学に行ったそうなのだが、内藤戦で見せた投げやタックルからのカチ上げをレベルアップさせるためか必死に見ていたそうだ。

車においても、反則ありきの亀田一家。

悪びれる事もしないが、もしかしたら亀田一家は車をぶつけても問題にならないように手を打っているのかもしれない。

だからこそ、あの余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)の発言になったのかもしれない。

そうだとしたら、これまた流石の上塗りをさせていただきたい。

交通違反の揉み消しと言えば、議員さんしかおりません。

数年前に衆議院議員で元・自治大臣だった白川勝彦の秘書が交通違反の揉み消しをしていたとして世間を騒がせた。

ただ、これは永田町では当たり前の仕事なのである。

議員と警察は、仲良しこよし。

仲が良い事は、非常に非常に非常に良い事である。

交通違反の揉み消しは永田町では相場は、

「一件3〜5万円位」

その為、各警察署の交通課長は副収入が一番多い部類の役職と言われている羨ましすぎるポジションなのである。

白川氏の逮捕は、何故起きたかと言うと交通違反の揉み消しで独占権を持つ巨大団体の怒りを買ったからと実しやかに囁かれている。

それで長井英和の決まり文句のように、

「間違いない!」

と言われているが、それだけ永田町では交通違反の揉み消しは常態化している。

それも、一番効力を発揮するのは、

「間違いない!」

あの巨大団体。

特に東京では、その効力は絶大だと言う。

つまり、亀田一家は先月の交通事故の教訓で揉み消す手段を手に入れたのではないか。

それだけの、余裕のある発言に聞こえてくる。

格闘技界でも、

「間違いない!」

が口癖の巨大団体は絶大なる影響力を誇っている。

それ以上に、司法・立法・行政・マスコミに一番顔が効き、その中でも警察に顔が効く、

「間違いない!」

が口癖の巨大団体は、何か揉み消しや不正のねじ込みなどがあれば、相談すべきと言われる強大な権力をも誇っている。

つまり、何か揉み消しや不正のねじ込みの相談への実力が一番、

「間違いない!」

のが、この巨大団体。

亀田は、先月の反省を即座にそこに擦り寄る事で解消したのであれば、末恐ろしい。

非難轟轟ではあるが、この修正能力があるとすれば、3兄弟世界チャンピオンも夢ではないと思う。

レスリングの見学で、投げ等の反則技の研究をし、交通事故の揉み消しの心強い味方を得たとなれば怖いものは無い。

単なる仮説ですが、亀田一家のその強気はそう思わせる厚顔無恥と言われそうな(私は神明に誓ってそうは思いませんが)自信を感じる。

私も、

「間違いない!」

巨大団体に近づき、怖いもの無しで人生を謳歌しようかな。

そうすれば誰であろうと、

「間違いない!」

平穏無事な人生を送れるでしょう。

それに気付いたとしたら、亀田一家は最強。

その太鼓判を、

「間違いない!」

と押して良いと思います。

最後に、現在の国土交通大臣は冬柴鉄三氏でその前は北側一雄氏なんですね。

何の脈絡も無いんですが・・・。

合掌。

  1. 2008/02/13(水) 22:20:18|
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在日米軍犯罪の対応に見える日本政府の類稀なる能力

縄で先日、在日米軍の海兵隊員が少女を暴行した。

それに対しての日本政府の反応は、いつも通り、

「遺憾」

のオンパレード。

「遺憾」とは、「残念である」という意味である。

在日米軍の日本人の一般庶民への犯罪はレイプを筆頭に殺人はもちろん強盗などオールジャンルの残虐な犯罪を網羅している。

しかし、お得意の日米地位協定で日本で裁きを受ける事はなく野放しというのが現状。

米兵は、日本に来れば殺人だろうとレイプだろうと何だろうと、最高で軍法会議が開かれるだけで強制送還で済んでしまう。

遠い日本で大罪を犯しても、本国に帰れば全く影響なし。

国民を守るべき政府筋も、

「残念」

で済ませられるのが日本なのである。

アメリカの忠犬として事実上の占領下にある日本において、ご主人であるアメリカ様のご機嫌を窺う事が一番重要な任務である。

だから、ご主人である在日米軍のストレス発散の為に日本国民を人身御供(ひとみごくう)として殺人やレイプの為に提供しているのであるのだろう。

在日米軍の犯罪に巻き込まれる日本国民は、つまり日本政府の為政者の生贄(いけにえ)であり人柱(ひとばしら)なのだ。

それによって、ご主人であるアメリカ様のご機嫌を高揚させているのである。

恐らく、それで日本は冷戦下はソ連、現在は中国や北朝鮮やロシアから守ってもらえているのであろう。

私達は、日本の為政者の奴隷そのものである。

血税を搾り取られて、それをほとんど為政者の私利私欲の為に使われている。

世界の常識であるギブアンドテイクの税金ではなく、お布施の税金である日本。

それで、少しは為政者の機嫌を良好になってもらう事により、生きていけるだけの最低限の生活をさせてもらえるのであろう。

つまり、私達庶民が最低限の生活を送れる条件は、為政者を潤わせる事だけ。

その日本の為政者のご主人は、アメリカ様。

アメリカ様が忠犬・日本に送り込んだわがまま息子が、在日米軍。

そのわがまま息子を気持ちよくさせるのが、日本の為政者の生きる術。

その為の生贄が、女子高生であり善良な市民なのである。

つまり、私達庶民は在日米軍の生贄になる事も十分ありえる。

何回、在日米軍の犯罪が起きても日本政府は、他人事の及び腰で実力行使をしない。

これは、日本の庶民に、

「いつでも生贄になるように」

という教えそのもの。

それが、私達庶民の親分である日本の為政者の為になるので、甘んじて受けなさいという事なのであろう。

日本の為政者のご機嫌を損ねると、日本の庶民は迫害され続ける。

それを逃れるには、今回のように生贄を出し続けなくてはいけないのだろう。

普通ならば、自国民が今回のように凄惨な犯罪に巻き込まれたら為政者は義憤に燃えるはず。

しかし、日本はポーズで終わる。

庶民としては、辛い。

そして、悔しい。

しかし、その国民感情を全く省みず、自分達の私利私欲に一意専心な日本政府の頑固さは世界で随一。

そこまで自分の為だけに非情になれるのは、流石としか言いようが無い。

人情があれば、絶対そんなことは出来ない。

それを何度も出来るとは、類稀(たぐいまれ)なる能力である。

アッパレである!

非情薄情世界最強の日本政府。

その能力には、世界も嘲笑する位、畏敬しているのであろう。

たぶん・・・。

合掌。

  1. 2008/02/12(火) 21:26:46|
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八百屋の長兵衛さんへの応援演説

大相撲のリンチ殺人事件。

普通に考えれば、想像を絶する凄惨な出来事であるがよく考えていただきたい。

所詮、大相撲。

単なるデブエリート。

つまり、今流行のメタボリックな方々なのである。

それは、体だけでなく心身両面共に。

だから、批判しようと変わるわけはなく、変わろうともしない。

「相撲取り

 秋季なればぞ

 裸虫(はだかむし)」

と江戸三大俳人の一人・与謝蕪村が詠んだり、大相撲出身の日本プロレス界の元祖・力道山が、相撲取りを「裸虫」と称したように、相撲取りは所詮「裸虫」。

そんな裸虫に、そこまで目くじらを立てないで欲しいと思うのである。

強いという幻想だけはあるではないかと言われるが、隆盛を過ぎつつある格闘技界に挑戦した裸虫出身者は、惨憺(さんたん)たる結果を残している。

「裸虫」最高権威の横綱から格闘家に転向した双羽黒こと北尾光司や曙も、ほぼ全敗。

他も、勝利が珍しいほど。

相撲取りは、昔から男芸者と言われている。

つまり、「裸虫」である彼らの脂肪の塊であるむさ苦しさを物珍しい物と金で囲って、それをお得意の、

「ごっちゃんです!」

と全て甘受する。

そういう文化が、大相撲には脈々と流れている。

そんな社会で育った男に、倫理観も社会性も育つわけはないのは誰もが分かるはず。

朝青龍の問題もそう。

一般人として扱うから、目に付く。

所詮、「裸虫」なんですよ。

日本の国技と言われますが、日本の国を動かしている為政者達も、

「ごっちゃんです!」

と庶民の血税を私利私欲の為に頂戴するのが当たり前で、それに罪悪感を感じない連中なので、その国の国技としてこれほど合致する国技はないと私も賛同する。

弟子を殺しても、

「ごっちゃんです!」

で済ませられる。

と言う事は、どういう犯罪を犯しても「裸虫」の世界では、

「ごっちゃんです!」

で済ませられる浮世離れした社会。

だから、一般常識など通用しない世界。

そんな社会の人間に、一般常識で物言いをするのは、酷。

そこを分かってあげなくてはいけないと思うのは、私だけでしょうか?

フランスのサルコジ新大統領は相撲について、

「ポマードをつけた太った男の取っ組み合いの何が良いのか?知的なスポーツではない」

と評価したそうであるが、正にそういう事である。

大相撲は、所詮そんなものなのである。

なので、何卒(なにとぞ)温かい眼で見守っていてあげてください。

寒い冬を迎えた日本で「裸虫」をするのは、寒いですからね。

皆さんの暖かい目がなければ辛いはず。

でも、その心配は無いですかね。

あの脂肪ならば、一般人とは比べ物にならないほど寒さに強いはず。

でも、思考にも脂肪過多なので是非、温かい眼で見守ってあげていただく事をお願いしたいと思います。

合掌。

  1. 2008/02/11(月) 18:34:40|
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毒入り餃子騒動に潜む中国の慈悲深さ

中国製の毒入り餃子の問題。

一向に真相が判明しない。

ただ、私はこう思うのである。

中国シンパだと言われるかもしれないが、中国の儒家の元祖・孔子の「論語」にある通り、

「身を殺して以って仁を成す(みをころしてもってじんをなす)」

を、中国の方は実行して日本人にメッセージを送っているのではないかと。

日本は、資源の乏しさもあるが農業行政の不備から、自国での自給率が戦後更に下がった。

ただ、財政事情を表わす「株主資本比率」に掛けて日本の国家としての体力を判定すると、余りに脆弱な財務体質を持っているのと同じことになる。

自給率の低い国家というのは経済力があっても、自己資本比率が低いので、その体力の無さは致命的である。

その体力の無さが、日本は進行している。

つまり、中国の方は、その体力の無さは日本にとって国家存亡の危機であると言う事を毒入り餃子のような自らの信頼を根底から崩すような「身を殺す」行為で、警笛を鳴らそうとしたのではないか?

と思うのである。

昨年話題となった、ダンボール肉まんもその類であろうと思いたい。

毒入りマッシュルームや農薬まみれの野菜などの騒動もありましたが、それも中国の方の「身を殺す」行為であったはずと思いたい。

世界中から非難轟轟となっても、自給率アップの大切さに警笛を鳴らす「身を殺す」行為。

日本も田舎暮らしブームと共に、自給自足の必要性が徐々に叫ばれ始めている。

それは中国製品が「身を殺す」行為で、それを食べる方が「身を殺される」危険性を肌で感じる事が出来て、自給自足の必要性を感じる事が出来たのではないか?

中国の方が「身を殺して」実行した中国製品の信用完全失墜で、肝要な日本人も命の危険性を感じて、日本製の素晴らしさを実感する事も出来た。

そんなありがたい存在が、隣国・中国。

今年は、北京オリンピックが開かれます。

公開処刑と人権侵害(チベットなど)が持ち味で、環境も衛生も劣悪さを世界に見せつけて、世界に自給自足の大切さを認識させるオピニオンリーダー・中国。

4000年の歴史は、その慈悲深さを育(はぐく)んだ。

「眠れる大国」に「永眠」させられないようにする事で自覚する、自給自足の大事さ。

その中国の正義は、北京オリンピックにてどうなるか?

見物だし勉強になります、たぶん・・・。

合掌。


  1. 2008/02/10(日) 22:22:46|
  2. 褒殺風刺地獄
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大相撲リンチ殺人事件に見る、体罰美談化の危険性

大相撲のリンチ殺人事件が、先日動きを見せた。

主導した前親方と、実行した兄弟子三人が逮捕。

いろんな論調があるが、理解しなければいけないのはこれは体育界、武道界、学校等において決して珍しい事ではないという事実である。

つまり、体罰やしごきというストレス発散は伝統として残っている。

ただ、それが死んだか死なないか。

重症を負わせたか負わせなかったか。

相撲界でも、私が聞いた限りは同じような事はある。

それで命を奪われたり重傷を負わなければ、やられた人間はそれがよき思い出になり、それを実行した指導者や先輩などは熱心であったと賞賛され、自分でもそれが愛のある熱血指導の結果と鼻高々になる。

人間て、そんな都合の良い動物なのである。

しかし、精神的に破壊された人も数多く存在する。

そういう人へのアフターケアーは皆無だし、その議論も起きない。

熱血だからって、暴力を振るって良いのか?

果たして、親身になった人に対して暴力を振るうだろうか?

私は、それは人間の感情の起伏や喜怒哀楽によって繰り出されるストレス発散であると断言する。

学校教育でよく言われたことで、体罰をする教員はやりやすい生徒にしか体罰を揮(ふる)わないが、体も大きい生徒や不良の生徒、そして有力者の子息には怖がって揮わない傾向が強いという事実がどの学校でもあったはずだ。

この事実から見える事は、熱血という妄想を隠れ蓑にストレス発散に利用しているだけという事である。

熱血に、人としての貴賎が介在する時点で完全なるまやかしだ。

だから、指導や躾などと称して暴力を振るったことがある人は、それは熱血でもなく単なる虐めであったという事を理解するべきだ。

自分の行為を、奇麗事(きれいごと)にしてはいけない。

その罪は、一生背負うべきだ。

その理不尽な暴力を、体が大きく鍛え上げた格闘家に自分がやられたらどう思うか?

また、自分の大事な人がそういう理不尽な暴力を振るわれたらどう思うか?

良い気はしないはずである。

それに、体罰を肯定する人は、体が大きいとか怖いとか暴力装置が控えているとか権力があるとか、そんなのを関係なく実行できるのであれば熱血を自称しても良いと思う。

しかし、それが実行できないで選別するようでは、単なる弱い者虐め。

殺さないように加減は分かっているという知った口調をする輩もいるが、殺さなかったのはただ単にそれは運が良かっただけ。

人間の体は、そんなに強いものではない。

人は誰しもが、どんな理由であろうと他人を傷つけて良いという論理は無い。

そこを心得るべきだ。

大相撲のリンチ殺人は、その典型である。

指導や躾であろうと、暴力を揮う輩には大罪を処すべきだ。

美談にしては、これからも被害者は増える一方であると警笛を鳴らしたい。

  1. 2008/02/09(土) 21:01:53|
  2. 辻説法
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庶民が迫害されない方法

日本の社会は欺瞞(ぎまん)ばかり。

税金など、国への強制的な布施そのもの。

どう利用しているかといえば、私的流用ばかり。

それでいて、獲らなければいけないところからは獲らない。

宗教法人は、なぜ優遇されなければいけないのか?

エロと欲に塗れた坊主や神職が、全国にのさばっている。

他も獲らなければいけないところが数多くあるが、それはタブーといわれる位の「菊のカーテン」が敷かれているので触れませんが、その不公平が日本は多過ぎる。

それが島国独特の弊害ではあるが、この問題が日本低迷の主要因であると私は思う。

この日本に土着した色濃い問題は、簡単には直らないし日本の支配者層はその既得権益を死守せんが為に、それだけを任務に仕事を遂行する国民を無視した公僕ばかり。

そんなお先真っ暗な日本社会で生き抜くためには、どうしたら良いか?

それは、常に疑う姿勢。

そして、勇猛果敢に戦い抜く姿勢。

この二つである。

欺瞞に満ち溢れた日本社会。

私達庶民は、常に騙されていると思った方が良い。

去年から急激に話題になった食品偽装問題。

そして、社会保険不払いの問題。

今日逮捕された大相撲力士の問題で露呈した、警察の日常的な嘘。

保険会社の不払いの問題も、一昨年は大きな問題に発展した。

挙げればキリがない。

それがいつ自分の身に降りかかるか分からない。

それにどう対処するか?

それには、常に疑える姿勢である。

疑って問題点を探し出すために、学校教育があると私は思う。

そして、知識武装もその為にあると思う。

疑って問題点を見つけ出した。

そうしたら、行動に打って出て戦う。

その繰り返しが、壮大ではあるが日本を正常化に近づける最善手段である。

戦う相手は、脆弱(ぜいじゃく)な一庶民では普通では適わない相手が多いであろう。

それを、どうすれば対等に戦えるか?

それは、しつこさと多数を巻き込む能力に、相手の嫌がる点を見つけ出す戦略。

この三点。

その中で、一番難しいのがしつこさではないか。

大きな性質の悪い組織に対抗するには、長期的な視野に立つしかない。

その過程で、面倒臭くなる時が必ず来る。

そこで踏ん張れるか踏ん張れないかが、脆弱な庶民が邪悪な大組織と同じステージに立てるかの瀬戸際。

庶民は日常の生活がある。

それを崩す事は、即生活崩壊の糸口になってしまう。

しかし、人間は戦わないといけない時はある。

邪悪な大組織に踏みにじられそうな時は、その時である。

それを熟知している邪悪な大組織は、庶民の生活にひびくような戦法に出てくる。

それに負けてはいけない。

保険会社の不払いも、何度か請求した客には払うとの不文律があったという。

日本の大組織や為政者は、どこでも誰でもそんなんものだ。

つまり、大組織や権力者でも脆弱な庶民のしつこさだけは怖いのである。

それならば、そこを突くしかない。

大組織や権力者には、正直勝つ事は難しい。

ただ、苦手意識を持たせる。

その積み重ねで、大組織や権力者の邪悪な手が弱まるのは確かであろう。

それが、結局日本の正常化に進路を向けさせる有力な手段だ。

だから、これを実践しなければいけない。

未来の日本人の為にも。

自省の意味を込めて、書かせていただきました。

賛同される方は、小さな事からこつこつと西川清の口癖のように地道に正義の抵抗をしていきましょう。

  1. 2008/02/08(金) 21:40:28|
  2. 辻説法
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「飛び込み出産」問題に見る日本の末期的症状

妊娠中に定期診療を受けずに、出産の時だけ病院に駆け込む「飛び込み出産」した未受診妊婦が昨年、全国で300人を超えたという。

最大の理由は、経済的理由との事。

「飛び込み出産」は、非常に危険度が高い。

母体も赤子も医師も、飛込みだと危険性に晒される危険性が高まる。

日本は少子化に拍車がかかり、社会保障や経済的な面で余計に日本の将来が暗黒に向かう危険性が増している緊急事態である。

その中で、経済的理由により未受診妊婦の「飛び込み出産」が激増している。

と言う事は、少子化の責任は日本政府の責任である事は明白だ。

日本人は、健康保険に加入している人がほとんどであろう。

しかし、出産も容易に出来ない社会になっている現状。

健康保険の意味が全く無いということだ。

つまり、健康保険料は国の恐喝そのもの。

健康保険料という金銭を提供したら、それと同等の対価を与えないと詐欺である。

しかし、経済的理由により未受診妊婦として「飛び込み出産」せざるを得ない社会になったという事は、それは国の詐欺と言って全く過言はないと思うのだが、これに異論のある方はいるだろうか?

それに監督官庁の厚生労働省は、少子化に対しても口ばかりで全く真剣味を持って、対応はしていない。

社会保険の問題もそうである。

社会保険を扱う社会保険庁は、厚生労働省の外局である。

しかし、社会保険庁は皆さんお知りの通り、犯罪のオンパレードである。

国民の血税横領(http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/84050 )、消えた年金記録問題、個人情報漏洩、国民年金保険料不正免除、保険料滞納延滞金不正減額、公的年金不正流用問題など選り取り緑(よりどりみどり)。

それでいて、刑事告訴された人はほとんどいない。

社会問題になって時間が経った今でも、その気配は全く無い。

罪の意識が無いと共に、身内に対しての甘すぎる考えと、庶民に対する差別そのものの考えからであろう。

そんな中で、日本の行く末を左右する少子化問題の核心である経済的圧迫を招いている公僕連中の血税横領を限りなく続けている現状がある。

だから、この未受診妊婦の「飛び込み出産」の責任は厚労省を中心とする日本政府の責任そのものだ。

日本以外の各国の少子化対策は、ほとんどが妊婦の経済的苦難を解消させる事を実行している。

しかし、日本は妊婦より自分の私利私欲のみに邁進(まいしん)する薄情な公僕ばかり。

日本の医療は、崩壊を招いている。

救急車で搬送された患者の受け入れ拒否に、度重なる医療事故に、その隠蔽(いんぺい)。

あの悪魔の「731部隊」の生き残りが戦後日本の医学会の重鎮に君臨したからか、倫理観は常識で考えて希薄すぎる。

彩福祉グループ贈収賄事件、つまり厚生省汚職事件にてトップであった岡光序治事務次官が逮捕された事件。

薬害エイズ事件。

日本は異常なので普通であるが、厚労省もご多分に漏れず他の省庁と同じく犯罪多発組織なのである。

日本の社会福祉に労働条件に社会保障を守るための組織なのに、何にもその業務を遂行していない。

遂行していないばかりか、それ以上に庶民を苛め抜こうと策を練ってもっと血税を搾り取ろうとしている。

日本の庶民は、何を信用して良いのだろう?

医療に信用が置けない国民は、生涯の不幸である。

それにも増して、日本の庶民は司法、立法、行政の三権も全く信用が置けない世界でも稀な国。

北朝鮮の事を笑っている事の出来ない、低レベルである。

教育もそうであるが、三権に医療は道徳が必要不可欠であり、まず道徳が必要な職である。

その中で一番道徳が必要なのが医療であるが、これが一番信用が置けない。

つまり、絶望なる不幸に苛まれている日本の庶民は、自分自身が強くなるしかないのである。

強くなって、騙されないようにする。

そして、騙されても戦えるようにする。

それが、日本で庶民が生きていくために一番必要な事になっている。

少子化が問題となっている中で、監督官庁はその努力をしないばかりか反対に罪を重ね、少子化を促進させる庶民虐めを繰り返す。

日本は、改めて腐り切っている。

為政者や公僕が、劣悪過ぎる為に。

日本の為政者や公僕は、嘘の塊。

ついて出る言葉は、全て嘘。

そう思って、接する事が自分の身を守る最善の手段である事は確かでしょうね。

悲し過ぎますが・・・。

  1. 2008/02/07(木) 22:50:42|
  2. 辻説法
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タレント議員は、日本の政界の救世主

宮崎県のそのまんま東知事のブームに引継ぎ、大阪府でも橋下徹知事というタレントが政治の表舞台に立つようになってきた。

これまでも、国政はもちろん地方議会においてもタレント議員は数多く生まれた。

そのタレント議員は、松下政経塾出身者と共に国政において新興の一大勢力に急成長中。

しかし、タレントだからと実力や手腕に疑問を呈されるが、他の専門の議員と何ら変わりが無いのではないだろうか?

タレントは政治の勉強を専門の人ほど積んでいないので、議員に成り立ての時には知識がほとんど無いのが大多数。

つまり日本の政治家は、即戦力ではなく知識もまっさらで当選できる「庶民に近い存在」の親近感がわく政治の担い手なのである。

そして、専門として経験してきた議員とタレント議員の実力差は見ている限り全く無い。

先程述べた通り、タレント議員で政治の知識を積み重ねて当選した人はまずいない。

議員になってから勉強すると言う事で通用する日本のタレント議員であるが、専門でやってきた議員と何ら実力差が見えないと言う事は、高みに見えていた政治の世界が庶民の目線で親近感を持って興味を持てるというと言う事である。

つまり垣根が低くなって、庶民にも政治に参加する意欲がわき易くなる。

政治の知識が無くても議員になれる日本の政界。

そして、その知識の無いタレント議員と実力差が無く垣根を限りなく低く出来る専門の議員。

これで、日本の政界は庶民に政治をもっと分かりやすくしようとしているのである。

たぶん・・・。

レベルをぐっと下げる事で、庶民に政治参加をさせやすくする。

レベルの低い政治で、ぐっと分かりやすくさせる。

あまりにもレベルの低い政治が伝統となっていた日本の政界であるが、その狙いはそこにあったのではないか?

そうだとしたら、恥を忍んでレベルを下げまくった日本の政治家は賞賛するべき。

確かに、日本の政治は下世話な下劣な議題ばかり。

だから、ワイドショーを見るようで入りやすい。

そんな政界なら、政治に疎い私でも金と暴力装置があれば簡単に議員になれるのであろう。

それでいて、議員は国民の血税を湯水の如く使える好待遇。

こんな好待遇の職は、日本では聞いた事がありません。

勉強もしなくて良い。

それでいて、国民の血税を湯水の如く好待遇。

私も悠々自適に楽に暮らしたい願望があるので、議員を目指そうかな。

こんな楽で美味しい職はありません。

そして、犯罪を犯しても反省のポーズをすれば簡単に復帰できる「再チャレンジ」社会。

これからは、議員です。

自分がなるのも良いし、子どもを議員に育てるのも良いでしょう。

子どもにならしても、畝(うね)は頂戴できます。

タレント議員の躍進は、その美味しさを際立たせてくれるので、非常に勉強になります。

誰でも出来る、美味し過ぎる職であると。

国政も、総理大臣以下各大臣が全てタレント議員でも日本は変わらないでしょう。

それ位、日本の他の議員はレベルを極端に下げて、庶民の分かりやすい政治をしてくれているのです。

良い学校、良い会社より、これからは議員です。

職にあぶれたら、議員です。

フリーターもニートも、議員になれば良いのです。

それだけ、議員と言うのは垣根が低くて大丈夫な職。

議員と言う職は、雇用対策の特効薬にもなるかもしれませんね。

それをタレント議員続出の現在の風潮で、気づかせてくれました。

合掌。
  1. 2008/02/05(火) 21:55:08|
  2. 褒殺風刺地獄
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御用機関と成り下がった日本のマスコミに問いたい、本田靖春の生き様

日本の閉塞し切った状況。

バブル経済が終わり、それに危機感を抱かず自分の私利私欲におぼれ続け、日本を崩壊寸前に追い込んだ日本の為政者達。

主犯は、こういう庶民の救済より自分の私利私欲におぼれ続けた日本の為政者であると言うのは正しいと思う。

ただ、こういう劣悪な日本の為政者と同罪と言っても過言ではない人種がいる。

それは、マスコミである。

日本のマスコミの状況を知っている方は、日本のマスコミを「マスゴミ」という呼び方をする人がいるが、それも的を得ていると言わざるを得ない状況である。

権力の一極集中は、その集団の腐敗を招く。

それが人間社会の世の常。

その為、日本は三権分立という分散する権力機構を敷いている。

司法・立法・行政の三権である。

ただ、この三権は権力の分散を促進するが、権力同士手をつなぎ三権で権力を独占すると言う危険性を孕(はら)んでいる。

それだけ、権力はうまみがあるし、この三権は権力の分散よりも集合して独占しやすい性質があるからである。

ただ、その三権の権力独占に歯止めを掛けれる分野が一つだけある。

それは、マスコミである。

マスコミは、正義を貫き不正や悪を倒すために成立した稼業。

その影響力は計り知れない。

だから、三権分立にプラスして、

「第四の権力」

と呼ばれる事もある。

ただ、日本の今のマスコミはどうであろう。

骨太なジャーナリストもいるが、その数は驚くほど少ない。

それも、日本のマスコミは大手ではないと取材機会も無く信用も無い。

腐敗権力側が、そういう体制を作ったのだが、それに組して日本のマスコミは正義を貫く事や不正や悪を倒すのではなく、腐敗権力側の「御用機関」として、腐敗権力側のマインドコントロールの嘘の情報を垂れ流す事に全力を注いでいる。

だから、今の日本のマスコミの中で骨太のジャーナリストが生息できるのは、大手ではなくマイナーな会社だけになってしまう。

しかし、日本にも以前は大手においても骨太なジャーナリストが確かに存在した。

それも、そんなに遠い昔ではない。

また、それが讀賣新聞に存在したと言う事は、今となっては驚きとしか言いようが無い。

今回紹介するのが、本田靖春という硬骨漢。

1933(昭和8)年に生まれ、2004(平成16)年の師走に71歳で亡くなったジャーナリスト。

早稲田大学政経学部を卒業後、讀賣新聞に入社。

社会部に配属された。

当時の讀賣新聞社会部は、今では全く影も姿も無いが、反骨のジャーナリスト集団として権力層に蛇蝎(だかつ)の如く嫌悪感を抱かせる位の本筋のリベラリストであった。

その風土に勇気と心地良さを感じた本田は、元々備えていた正義感を発揮し権力層の眉をしかめさせる数々の問題作を発表した。

特に有名なのは、

「黄色い血追放キャンペーン」

である。

日本の献血制度を根こそぎ改革したキャンペーン。

昭和30年代当時、日本の献血制度は驚く事に売血で行なわれていた。

しかし、その売血状況は劣悪なものだった。

注射針は使いまわし。

売血常習者に、それを処理させる制度が頑健に作り上げられていた。

金に困る人に売血を促し、安い金で血を買い取る。

その金に困っている人は、安い賃金とはいえ常習的に金が手に入るとそれを常習する。

それが健康に良くないと知りつつ、献血業者に監督官庁の当時の厚生省は眼を瞑(つむ)ってきた。

その売血常習者は、売血を重ねるごとに血液の色が薄くなり黄色くなることから、これを打破して改善しようとした本田が先頭となって戦ったキャンペーンを「黄色い血追放キャンペーン」というのである。

本田は、売血の総本山、東京のドヤ街・山谷に潜り込んだ。

売血常習者と同じような風体に扮装し、売血の実態を探るべくち自ら売血の常習を実行した。

そこは、修羅の世界であった。

売血をしないと、生活が出来ない売血常習者。

そこにつけ込み、安価で売血をさせるモラルの無い業者。

副産物的に、ウィルス感染も頻発。

それを手術で利用するので、血液感染をしてしまう事を食い止める事が出来なかった。

その惨状を体験した本田は、朦朧とする体力の中、その問題を讀賣新聞紙上に発表し社会問題にすると共に、厚生省に乗り込み官僚トップに直談判(じかだんぱん)する日々を続けた。

最初は、頑(かたく)なにそれを拒否していた厚生省も、無名の本田の狂気のような執念に折れていった。

そして、1969(昭和44)年、売血が根絶。

そして、1974(昭和49)年に、現在の世界でも屈指の献血制度が確立されたのである。

数年前は世界でも屈指の劣悪な売血制度であったのに、本田を中心にする正義への厚い思いと執念で数年後には世界でも屈指の安全性を誇る献血制度を確立させるまで動かした。

その運動は、苛烈を極めた。

暴力団の資金源なので、命の危険性も日々感じなければいけない。

それにも増して、国に喧嘩を売る事自体それ以上の危険性を感じる日々を過ごす事になった。

しかし、若き無名記者・本田は屈しなかった。

ただ、その勇気の源泉となった讀賣新聞社会部も状況が変化してきた。

端的に言えば、御用機関と成り下がってしまったのである。

本田は、そんな中では目障り過ぎる。

実績に反し不遇に見舞われるが、安定した大手新聞社・讀賣新聞社員の地位を投げ打ち、退社してフリーとなった。

フリーとなっても、その反骨の姿勢は崩さず数々の問題作を世に出した。

知名度も上がり、現場に立たなくても大金が舞い降りる立場にいながら現場にこだわり、金銭蔑視の姿勢も崩さなかった。

それを本田は自嘲気味に、

「由緒正しき貧乏人」

と自分自身の身の処し方を評した。

それに、嘘偽りはなかったようである。

屈指のジャーナリストなのに、ずっと安い賃貸で家族を暮らさせ、晩節にやっと安い一軒家を購入。

生活も、慎ましやかであったと言う。

その壮絶な生き様は、人生最後の著書となった「我、拗ね物として生涯を閉ず」である。

最終回を残して、本田は天に召されてしまう。

その間、本田は糖尿病による両足切断、右目失明、肝臓癌、大腸癌に犯されしばしば連載は中断するが、全くへこたれず魂の乗り移った文章を書き続けた。

渾身の文章は、鳥肌が立つ。

本田入社当時の讀賣新聞社会部は、上に噛み付く事を由とされた本質ジャーナリズム魂が流れていた集団であった。

下のものが上のものの不正や横暴には、警笛を鳴らす事が一人前と言われた。

一番忌(い)み嫌われたのは、媚(こ)び諂(へつら)う事。

現在の日本のマスコミの体たらくを知る私達としては、この本田及び当時の讀賣新聞社会部の清廉な反骨心は潔く見えるが、これこそが真のジャーナリズムそのもの。

その為に、成立したのがマスコミである。

それを少しでも逸脱したり権力の御用機関となったら、庶民は奴隷と扱われ人として生きれなくなってしまう。

そんな状況が、現在の日本なのである。

今の日本に、人権はあるだろうか?

冷静に考えれば、そんなものは存在しない。

つまり私達日本の庶民は、日本の為政者やマスコミの奴隷。

悲しいけれど、それが真実なのである。

さらに、その日本国はアメリカの忠犬にして奴隷。

身分に貴賎は悲しいけれどこういう風に存在するが、人間性には貴賎は存在しない。

ただ、こんな日本にも身分の貴賎を廃止できる力が存在する。

それが、マスコミである。

本田のような真のジャーナリズムを持ったジャーナリストが何人も現れれば、それも夢ではないと思いたい。

本田は「黄色い血追放キャンペーン」の潜入取材での売血で、注射針の使いまわしでC型肝炎に感染し、その原因となった疾病のオンパレードに苛(さい)まれた。

それを、本田は自覚していた。

しかし、本田は信念を貫き通した。

正義を問うために。

先程も紹介した未完となった本田の遺作「我、拗ね物にして生涯を閉ず」の一説で、本田の弟子を自認する大谷昭宏氏のHPにても紹介されていました。

それが、本田の生涯を端的に言い表し、現在の日本の腐敗し切ったマスコミに考えて欲しい内容だったので、載せて終わりにしたいと思います。

私は世俗的な成功より、内なる言論の自由を守り切ることの方が重要であった。私は気の弱い人間である。いささかでも強くなるためにこの時、自分に課した禁止事項がある。それは、欲を持つなということであった。

 欲の第一に挙げられるのが、金銭欲であろう。それにと次ぐのが出世欲ということになろうか。それと背中合わせに名誉欲というものがある。これらの欲を持つとき、人間はおかしくなる。いっそそういうものを断ってしまえば怖いものなしになるのではないか。

 いかにも私らしい単純な発想だが、本人としては大真面目であった

どうであろう?

これがジャーナリズムであり、これが弱い立場の庶民を守り権力を独占し不正濫用しがちな三権に警笛を鳴らせる「第四の権力」マスコミの真の生き様。

低調な日本の行く末を握っているのは、マスコミ。

高軌道になるのも低軌道になるのも、マスコミの信念次第。

「日本を良くしたい」

そう思うのであれば、この本田の生き様を見よ。

そして、この生き様の爪の垢を煎じて邁進する。

それで無ければ、日本のマスコミは日本崩壊の戦犯そのもの。

これを実行できなければ、太平洋戦争を手助けした御用マスコミと何ら変わりなく存在価値の無い「マスゴミ」と言われても文句は言えない。

本田の生き様が、現在の日本に警笛を鳴らしている。

それを理解して、日本のマスコミは身を処して欲しい。

私は、日本が再び良い国になって欲しい。

その為に、本田のような真のジャーナリストが誕生する事を切に願いたい。

  1. 2008/02/04(月) 18:17:19|
  2. 人生の教化書・一日一話
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最近のリバイバル・ドラマブームについての賛辞

最近テレビで気になるのは、リバイバルブームである。

最近では、世界の巨匠・黒澤明監督で世界のミフネこと三船敏郎主演の名作「椿三十郎」のリバイバルを、織田裕二主演で行なった。

そして、話題を巻き起こした日米合作映画「トラ・トラ・トラ」で主演した日本を代表する名優・山村總の役をアイドル・木村拓哉がリバイバルした「華麗なる一族」。

それに、「天国と地獄」と「生きる」という黒澤映画も最近リバイバルされた。

もちろん、すべて原作よりもレベルは低いし作りは粗い。

俳優のレベルも、然り。

ただ、テレビは視聴率中心主義。

原作のような文芸作品となっては、皆が興味を持って楽しむのは難しい。

ただ、織田裕二や木村拓哉などの一つの演技しかしない(出来ない?)分かりやすい俳優達を集めれば、こういう難解な文芸作品も分かりやすくなる。

黒澤映画は、日本では興行成績がそれほど好調だった事はあまり無い。

だから、こういう文芸作品はミーハーな日本人には受け入れられにくい。

その為に、意図的に演技派ではなく、こういうミーハーが盲目に支持するアイドルを主演に持ってきたのだろう。

その点で、成功したと言えるのではないだろうか。

作品の質やレベルではなく、視聴率を獲得する事だけに邁進する現在のテレビ界。

それに、貢献する木村拓哉や織田裕二のような俳優は、現在のテレビ界の最大功労者である。

俳優とは、職人である。

しかし、木村拓哉や織田裕二に象徴とされる現在の視聴率俳優は、その職人を放棄し時代に即しコンビニエンスストアーのような手軽で便利な俳優というジャンルを作り出した。

それでいて、職人を気取りミステリアスさを出す。

正に、三船敏郎や山村總をもある意味凌駕した名(迷?)優になったのではないかと私は評価する。

テレビ業界も、黒澤映画全盛時代からは大きく変わった。

その流れで、俳優の質も変わった。

映画もドラマも、手軽に見やすく難易な物が全盛になり、身近なホームドラマのように接する事が出来るようになった。

その象徴的な出来事である、最近の名作のリバイバルブーム。

重厚感よりも、学芸会のようなその軽さが心地良い。

しかし、その身近さは胃もたれはしないが何故だか胸焼けはする。

ですので、見やすいからと言って、あまり見まくるのは注意しましょう。

それが、胃酸を抑える特効薬になるはずですから。

合掌。

  1. 2008/02/03(日) 22:38:25|
  2. 褒殺風刺地獄
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我が日本政府は、アル・カイーダなど問題ではない!

イラクで知的障害のある女性を利用し、その体に爆発物を巻きつけ遠隔操作で爆発させるテロを行なわせ死者72人を出したという。

世界的テロ組織で鳩山邦夫法務大臣の友達が所属しているというアル・カイーダの新たな手口ではないかと注目もされているそうだ。

確かに、酷いニュースである。

それも、底知れぬ怖さを感じる。

ただ、世界を震撼させる中東のテロも、日本人の怖さには適わないだろう。

なぜなら、テロは一瞬で人の命を奪うが、日本政府は何十年も掛けて弄(なぶ)り殺すからだ。

社会保険不払いの問題も典型だろう。

定年後の暮らしの基礎となるはずの社会保険の支払いを地道に積み重ねても、日本政府は謝罪のポーズで少しばかり還付するだけで済ましてしまう。

それも社会保険事務所では、善良な市民になるべく支払わないで済むようにマニュアルを作って対処してたと言うから、徹底している。

日本人の多数の庶民の命を蔑ろにしていると言って過言ではない。

つまり、テロで殺された人数より、日本国民がそうやって日本政府に弄り殺される人数の方が圧倒的に多いはずだ。

だから、日本国民はアル・カイーダなど怖がる事はない。

それより極悪非道な日本政府に、常に命を蔑ろにされようと虎視眈々(こしたんたん)と狙われているのだから。

北朝鮮の拉致被害者もそうだ。

政治家というのは、公僕である。

公僕ならば、命を賭して北朝鮮に奪還しに行くはずだ。

しかし、選挙や自分の政治生命のためだけに利用してるだけ。

ここでも、日本政府の日本国民へのなぶり殺しが証明される。

また、在日米軍の米兵による犯罪の対処を見れば、それも歴然としている。

1995年の沖縄での在日米軍の海兵隊による少女暴行殺人事件。

2006年の神奈川県横須賀市での、在日米軍上等水兵による女性撲殺強盗事件などが象徴的だ。

日本国内で日本人が、ゴミクズにされたのである。

普通の政府なら、そういう人間ではない野郎を処分するはずだ。

しかし、日本政府は全く処分するつもりも無く在日米軍側に一任した。

つまり、自国の国民の命など全く問題にしない。

太平洋戦争時の特攻隊みたいに、使いたい時は適当に使う。

日本政府の私利私欲と利権のためなら、日本国民を長い時間を掛けて弄り殺すような事をしても良心の呵責(かしゃく)に苛(さいな)まれない。

日本国民の命が蔑ろにされても、痛くも痒(かゆ)くもない。

これらの事実とアル・カイーダの犯罪を冷静に比較して、どちらが恐怖の犯罪を犯しているかというと日本政府に軍配が上がる。

なぜなら、金も人生も命も奪い取り、それもその弄り殺しのようにされた人数はアル・カイーダに比べて天文学的に日本政府のほうが多い。

私もそうだし、日本で生きているあなたもそうだ。

知らぬ間に、日本政府に自分の血税が好き勝手に使われ、老後に健やかに生きれないように徹底的に搾り取り、思わぬ犯罪に見舞われても守る気など全く無い。

こんな、徹底的なテロ集団があるだろうか?

ブッシュ大統領率いるアメリカ政府は、アル・カイーダに手をこまねいているが、それに対抗できるのは「忠犬」である日本政府。

その非情さは、アル・カイーダなど相手にはなりません。

日本政府の非情さは、断突で世界一。

世界を恐怖に陥れるアル・カイーダをも凌駕する非情さを持つ日本政府を、誇るべきでしょう。

そして、アル・カイーダをも凌駕する非情さを持つ日本政府を頂に置く国で生き伸びている日本国民は、自信を持つべきでしょう。

そんな世界一の劣悪な政府の下で生き延びているという事は、世界のどこでも生きていけるという証拠。

そこまで、強く育ててくれた日本政府に感謝いたしましょう。

合掌。

  1. 2008/02/02(土) 22:18:56|
  2. 褒殺風刺地獄
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菅直人に注文!

民主党の菅直人代表代行がテレビ番組で、

「自民党の古賀誠選対委員長と二階俊博総務会長は、顔を見るからに(巨大である道路利権だけは)この利権だけは放さないという決意が現れている顔をしている。」

という発言に対し自民党は菅氏に謝罪訂正を求め、さもなければ法的手段も辞さないと言う決意を現した。

菅氏は、何という発言をしたのか。

誰もが知っている通り、自民党の主流は道路族が握っているのである。

それだけ、利権に旨味があるからだ。

菅氏は知らないのだろうか?

自民党の大物議員の地元には、その議員の名前がつけられた大規模な道路があるのが常識。

それで、道路特定財源を使い切るのである。

その額は、年間5億6000万円。

この無駄な余剰金を国民に還元するのを期待するのは、菅氏は自民党を余りに甘く見すぎている。

この5兆6000万円があれば、庶民の生活を潤わせる事が出来る。

それは、当たり前である。

しかし、相手は自民党ですよ。

自民党道路族の議員は歴代、綺羅星の如き犯罪者を出している。

田中角栄を筆頭に、金丸信、竹下登など旧田中派の方々はその畝(うね)に預かってきた。

旧田中派は、犯罪者集団である自民党の中でも必須の犯罪過密集団。

暴力団対策法は、構成員の中で犯罪者の締める割合が一定以上に高い集団を選定したなどと抜かしているが、我らが自民党も全く引けを取らないはず。

現在のその中心が、古賀氏に二階氏。

だから、利権を死守しようとしているのは当たり前。

それを奇麗事を言って、もっと国民から搾り取ろうとしているのは誰から見ても当たり前。

当たり前の事を言って、自民党に勝てるだろうか?

民主党には、その弱さが見える。

自民党は、国民を救おうとする気は全くありません。

反対に、国民は利用するもの。

国民の命だって、蔑(ないがし)ろにしても全く動じない。

そういう例が、数多く通史としてあるじゃないですか。

次の衆院解散総選挙は、いつになるのかは分からない。

ただ民主党が、本当に勝って政権を獲りたいのであれば自民党の数多すぎる重罪を並び出すだけではいけない。

国民は、自民党議員の犯罪は慣れっこ。

どんな犯罪だろうと、

「人の噂は75日」

という通り、噂としてすぐに消滅してしまうくらい頻発して慣れてしまっている。

というか、自民党議員の犯罪は75日も持たない事が多い。

それだけ、自民党は犯罪を頻発し、国民を地道に鈍感にしているのだ。

その地道な実績に、民主党は勝てるのだろうか?

だから、民主党は自民党の数多すぎる犯罪を並べるより政策で勝負するべきだ。

そうしないと海千山千の犯罪者集団・自民党には勝てませんぞ。

期待したいものです。

合掌。

  1. 2008/02/01(金) 21:30:17|
  2. 褒殺風刺地獄
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プロフィール

Author:善導義塾塾長
1974(昭和49)年生まれ。日本体育大学卒で現職は御荷物三流ドアマン。趣味は、
・乱読(遅読派)
・アジテーション(扇動)
・権力の不正濫用に抵抗する事
・金をかけないトレーニング(鉄棒・平行棒を中心とする自重トレーニング、プライオメトリックス、SAQ等)
・日帰り低山登山(締めは立ち寄り湯)
このブログを基盤に、権力の腐敗を監視糾弾する為の執筆活動及び政治活動・社会運動に没頭したいというのが夢です。

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