新与太随筆

以前運営していた、「与太随筆」をバージョンアップして引っ越してまいりました。目玉企画は、世の中の不条理を褒め倒して風刺する「褒殺風刺地獄」と、枠に囚われずに感化善導出来る話を紹介する「人生の教科書 一日一話」です。

NHK受信料は払いましょう!(NHKさん、こんなんでどうでしょう?)

昨日、NHKの受信料を徴収する為に私の住居に進入してきた職員がいらっしゃたのですが、記憶も新しい常習放火犯のNHK職員の事が頭をよぎり、恐怖に慄(おのの)いてしまい受信料を払いませんでした。

NHKの受信料徴収人は、歩合性で働いているので、とにかくどんな事をしても金を徴収出来れば良いのである。

実は、NHKの受信料の支払いに関してはNHKのトップの方々が数多く国会答弁している通りに契約自由の原則があり強制は出来ない事になっている。

視聴者が自らの意志によって契約した場合に、それに基づいて受信料支払いが始まるのであると。

法的拘束力も支払い義務も法律で定められていないので、支払う意志の無い者に、それを強制するのは恐喝罪及び詐欺罪に当たる。

しかし、受信料徴収人も流石プロなので、あらゆる策を練ってくる。

NHK側がテレビを持つ国民は受信料を支払わなければいけないという根拠にしてパンフレットにも記載している放送法32条は、そこに記載している部分は放送法32条のある一部分だけ抜粋しているのである。

そこだけ見ると、確かにテレビを持つ国民は受信料を支払わないといけないように判断出来る。

しかし、全文を読むとそれが意図的な抽出である事が理解できる。

そのまやかしを堂々と言われたらば、支払ってしまう人は多いと思う。

それにプラスして、NHK本体が抜群の策を弄してくる。

受信料を支払わない世帯や事業所は裁判に訴えると喧伝するのである。

それは、受信料徴収人の口癖でもある。

そうすると裁判に巻き込まれたくない一般人は、微々たるお金なら支払ってしまえと軍門に下ってしまうのである。

しかし、全て裁判沙汰にしたらNHKが破産してしまう。

だから単なる、恫喝(どうかつ)なのである。

しかし、これがかなり有効なのだ。

年間800億円以上掛けて、受信料徴収人を雇っている効果が出ているのであろう。

時々使う事により、受信料支払いの軍門に下る方々が一時的に増えるのである。

NHKは流石、有効な策を考えるものだ。

やはり、私達一般庶民とは頭の作りが違うのだろう。

尊敬してしまう。

視聴者には、法律の都合の良い一部分を抜粋して恐喝し、国会では真実を吐露。

そして、マッチポンプで恫喝する事により視聴者の不安を煽り受信料支払いへの自発的行動を促す。

また、NHKは公益法人だから利益追求を出来ないので受信料だけで成り立っているとのお涙頂戴戦法を取るが、実は法人税も免除されているばかりか配下に数多くの関係会社を抱えて膨大な利益を上げているのである。

それを隠して、情に訴える戦法も流石である。

更に、受信料を徴収する目的は、金が無いばかりにNHKが権力者や為政者や公僕の影響下になって公正な報道が出来ないように陥る事がないような表現の自由を確保する為。

それにより、民主主義の発達に貢献する事という内容を主張する。

しかし、NHKは元々権力者には猫なで声で擦り寄り、権力者の都合の悪い事は放送しない仲良しなのである。

仲が良いのは、微笑ましいですね。

その為、子会社を含め多数の天下りを受け入れてきた実績がある。

政権与党とNHKトップの懇意ぶりは、いつの時代も微笑ましいものがあるのだ。

戦争を戦っている首脳達に、この懇意さを見せつけたいほどである。

しかし、仮に受信料を支払っても視聴者はNHKに意見は全く言えないシステムになっている。

そこが株主と全く違うところ。

テレビを買うと勝手に流れてくる情報を見る見ない関係なく、受信料を支払わないといけない。

それは、NHKという放送局の放送業務に信託(信頼して放送業務を託す)して受信料を払う事になっている。

放火犯が出ようとカラ出張をしようと制作費着服横領しようとインサイダー取引をしようと、信託を出来るのがNHK.。

そんな信託出来るNHKに賛同して受信料を払っても、経営に参画出来ないどころか意見も取り入れてもらえない。

NHKが他の公共事業者と異なるのは、使用や利用や視聴しないでも支払いを強制すること。

それは、JRやNTTや日本郵政等とは違う強気の姿勢である。

その強引さは、非常に頼もしい。

また、受信料は良い番組を作り、より良いサービスを提供し、国民全体に必要な情報を提供する為との主張もする。

しかし、それは金を掛ければより良いものが提供出来るわけではなく、民放とNHKの情報の格差は全く見受けられないので単なる思い上がりである。

しかし、ここまで思い上がるほどの自信満々さは逆に微笑ましいではないか。

NHKより他の報道機関が劣っているわけではないが、NHKを見ないと情報格差が出ると公言するなんて、そこまでの自信が私も欲しいくらいである。

また、NHKの論理によると受信料を支払わないといけない在日米軍の住宅は受信料を支払っていない。

支払っていないどころか、それを強気で徴収しに行く事もない。

NHKの伝統である、弱い者虐めで強いものに媚び諂う報道機関としての姿勢が露呈している。

この偏屈なところも、可愛らしいではないか。

一般人には、不退去罪及び住居侵入罪を平気で犯して、国会答弁ではトップが強制力が無いと宣言しておきながら、マッチポンプまでして国民を恐怖に慄かせて、堂々と嘘をついてまで受信料を根こそぎ引っ張ろうとする。

この強引さに厚顔無恥さは、非常に生命力に溢れている。

そんな事までして、NHKは金が欲しいんです。

だから、そこは考慮に入れてあげましょう。

それに大嘘と知りながら、弱いものから金をふんだくりたい受信料徴収人の気持ちも考慮してあげましょう。

常識が通用しない、集団なんです。

だから、常習放火犯も当たり前のように出てきます。

拒否して放火されないように、上納金である受信料を支払ってあげましょう。

上納金が増せば増すほど、政権与党へのゴマすりにも気合が入るでしょう。

それが,NHKの為です。

私達の為には全くなりませんが、NHKの為になります。

公共放送と勝手に名乗る、NHK。

そんな嘘のプロであるNHKに、上納金である受信料を布施しましょう。

疑問は疑念が沸き起こりますが、そこは気にしてはいけません。

NHKの為だけに、受信料を払ってあげましょう。

私からも、お願いします。

合掌。




  1. 2008/08/19(火) 21:08:08|
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一意専心の自公連立政権

舌禍(ぜっか)名人”森喜朗元首相がテレビ番組で、実(まこと)しやかに囁(ささや)かれる福田康夫現首相から麻生太郎自民党幹事長への『政権禅譲密約説』を支持する発言をして、それへの疑惑がまた再燃してきた。

しかし、考えて欲しい。

悪か善かは別にして、自民党政権の歴史を紐解くと常に一意専心に自分達のやり方を愚直に邁進して来ているという事を。

密室での政権移譲の密約は、新しいところでは小渕首相危篤時にその命の心配、より当時の自民党実力派議員による通称五人組での森喜朗首相誕生の密室での密約が記憶に新しい。

だがしかし、その密室政治より一意専心な自民党政治の真骨頂が実は存在するのである。

それへの一意専心ぶりは、私もお見事としか言う事ができない継続ぶりである。

それは何か?

それは、どの政権になっても日本国民を不幸せにしかしないという事。

それへの一意専心ぶりは、どの政権でも変わりない。

変わりないし、どんな荒波に晒(さら)されても国民を幸せにしようとしないという信念は決して折れなかった。

国民を幸せにしないという事に対する、一生懸命さ。

そしてそれに付随して、自分達がどれだけ幸せを独占出来るかに対する一心不乱さ。

これを追求する一意専心ぶりは、自民党政権では全く変わることはなかった。

その中では、逆風が少なからず吹いた事があった。

絶体絶命と言う時期もあった。

しかし、国民を不幸にする事と自分達が幸せを独占するという活動だけは折れる事無く追及し続けたというのは変わりない歴史的事実である。

そこの一意専心振りは、中々出来る事はない。

普通の人であれば、逆境や不遇であれば自分の行いを反省して、方向性を修正してしまう事が多いと思う。

しかし、自民党政権はそれに対して全く動じなかった。

動じるどころか、それを強固にして更に国民を不幸にして自分達の幸せの独占を拡大して浸透させていった。

現在は、池田大作さんの公明党を含めた自公連立政権であるが、その姿勢は変わらない。

自公政権は、現在荒波に晒されている。

自公政権は、この実績を国民にアピールするべきだ。

55年体制になって以降、自民党政権は国民を不幸にして自分達が幸せを独占する事に対しては折れずに途切れずに邁進してきた事を。

自民党政権の唯一の実績は、これだけである。

しかし、唯一であるがそれのみに邁進してきたので、国民を不幸にして自分達が幸せを独占する事に対してのレベルはどこの国家の政権よりもレベルは高い。

それは、北朝鮮などの独裁国家などよりもレベルが高いと私は自負する。

そこをアピールしていきましょう。

それに、その実績を日本国民は素直に認めてあげましょう。

自民党政権の時は,常に国民を不幸にし続け時代と共にその不幸の度合いを上げていき、自分達の幸せへの独占のみを追及し続けその独占の度合いを時代と共に上げていっているという事を。

これは、事実ですので認めてあげましょう。

自民党政権は、一意専心な政権であると。

合掌。




  1. 2008/08/18(月) 21:00:08|
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公務員になろう(故・高田渡氏へのオマージュを兼ねて)

皆さん、公務員になりましょう。

公務員は、やりがいある仕事。

失敗を恐れず、好きな事を好きなだけ出来ます。

リストラの心配もなく、天下り先もたんと用意しております。

税金というお小遣いで、思う存分遊べます。

衣食住の心配は全くございません。

親族、関係者にも孝行出来ます。

犯罪を犯しても、全力で守ります。

親族、関係者の犯罪も出来る限り秘匿(ひとく)にし、守り通します。

親族、関係者の就職も斡旋(あっせん)します。

コネ採用も、お手の物。

司法・立法機関とも、親友なので御安心下さい。

仕事もきつくはありません。

マッサージ機も、税金で購入します。

女も抱き放題。

タクシーも使い放題。

パソコンで遊び放題。

自由過ぎるのが、逆に辛いくらいです。

国民を殺しても、大丈夫。

反省のポーズだけ覚えてもらえば大丈夫。

何度繰り返しても、反省のポーズだけすれば人の良い日本国民は許してくれます。

日本の借金は、私達の放蕩(ほうとう)の限りの顛末(てんまつ)。

私達の最高の武勇伝です。

そのツケは、国民が進んで払ってくれます。

究極のサド(S)が、公務員の適性。

職権濫用の度合いが、昇進の決め手。

情報隠蔽、情報操作は覚えてもらいます。

金の浮かせ方も、覚えてもらいます。

カラオケ機もあるので、歌も歌い放題。

ストレス発散も、思うがまま。

フィットネス機具もあるので、健康も手に入ります。

公務員は、不安なんて皆無です。

公務員は、楽しく贅沢な暮らしが待っています。

しわ寄せは、国民が背負ってくれます。

人生を思いっきり楽しみたい方は、公務員になりましょう。

合掌。

  1. 2008/08/17(日) 21:29:48|
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終戦記念日に思う、日本の為政者と公僕の平和のシンボル度

昨日8月15日は、日本では終戦記念日という事になる。

天皇や福田康夫首相などの各閣僚や首相経験者などが、全国戦没者追悼式に参列した。

毎年、

『平和の誓い新たに』

という異口同音の宣言をするが、今年もそうであった。

終戦から63年を迎え、日本は平和を追求してきた。

その結果が、現状に表れている。

日本の為政者や公僕の追求してきた平和は、現在の日本なのである。

戦争に疲弊していたはずであるが、やはり日本の為政者や公僕は骨の髄まで戦争が好きな民族。

それも戦国大名のように、自ら進んで戦地の最前線に乗り込むという事はお好みではないらしい。

ゲームのように、遠隔操作で絶対安全なところで奴隷である国民を惜しげもなく使いまくる。

この快感に、戦時中も現在も日本の為政者と公僕は共通して恍惚となってしまうのだろう。

その為、終戦記念日に歴代の日本の為政者が毎年参加しているが、それはポーズなのである。

追悼している振りをして平和を追求している格好をして、実際は戦争にまっしぐらの行動を取る。

親分(アメリカ)の出入りを全面サポート。

それが掟である法律に反していても、それを簡単に捻じ曲げて大量虐殺に加担する。

それをも正当化できる。

悪いものも親分に正義の行為と言われれば、そう貫き通す。

その大量虐殺の最前線部隊が自国の大量の土地を占拠して駐留し、自国民を虐げていても全く動じない。

つまり戦争に疲弊していたわけではなく、終戦後に戦争が余計に好きになり、更になるべく自分達に被害が及ばないようにする技巧が格段にアップしたのである。

平和の追求は、自国民の平和ではなく自分達の身の安全を更に追及してそれを手に入れた63年の歩みだったのである。

だから、平和の追求をした平和の使者である事は日本の為政者や公僕は間違いない。

ただ、その形が自分達の安全だけという稀有さだけが違うのみ。

つまり、ここまで自分達の平和を追求しそれを果たした日本の為政者や公僕の平和の象徴そのもの。

平和の象徴と言えば、鳩。

日本の為政者や公僕は、鳩といって過言ではない。

その政策や所業にも日本国民は、

『鳩が豆鉄砲を食らう』

ように驚かされるが、日本の為政者や公僕は平和のシンボルである鳩を追求している証拠。

日本の鳩尾(みぞおち)である為政者と公僕。

その鳩尾を痛ませてしまおうのは、心筋梗塞の疑いあり。

鳩尾の痛みは、万病の元。

その為、日本の病巣である為政者や公僕は末期症状なので摘出は難しい。

それと上手く付き合っていくのが、肝心になってくる。

それには、平和の追求をする為政者や公僕の鳩道を全面バックアップする事。

そうすれば、病巣の侵攻は緩やかになるでしょう。

鳩(為政者や公僕)の糞害も、バックアップする事である程度回避できます。

自分達の平和だけを追求する、日本の為政者や公僕。

そんな鳩のような平和のシンボルである日本の為政者や公僕に平和を提供する事は、慎ましやかな日本国民の小さな小さな幸せを手に入れる唯一のチャンス。

そこを改めて実感した、自分達だけの平和を追求する平和の象徴である為政者のポーズだけの追悼を見て実感しました。

合掌。

  1. 2008/08/16(土) 21:03:01|
  2. 褒殺風刺地獄
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戦後民主主義

戦後、天皇主権の大日本帝国憲法から国民主権の民主主義へ変わった。

自由と平等と参政権が保障される民主主義。

しかし、この戦後民主主義は保守派の方々から、かなり評判が悪い。

かなり、目の仇にしている。

それは何故か?

まず、戦前を否定する事で天皇を信奉しなくなるという懸念。

そして自虐史観を前提とする事で、愛国心が欠如してしまうという事等がそうである。

だが、保守派の皆さん心配はご無用です。

その心配や不安は、戦後民主主義と名は変えても天皇主義の大日本帝国憲法下と何ら変わりのない状態なのである。

なぜならば、戦後民主主義は疑問を持たずに物を考えない人間の増産により、権力及び権威の政策のお膳立てをする国民性を確固たる物にしたからだ。

戦前の天皇主権の大日本帝国憲法下も、もちろん疑問を持ってはいけない社会であった。

何が偉いのかも知らないけれど、とにかく天皇は素晴らしい神様と洗脳された。

それにより、絶対服従を強いられ、それに喜びを抱かなければいけなかった。

冷静な人であれば、疑問を持つはずである。

しかし、その疑問を持つ事自体が戦前は命取りであった。

だが、戦後もそれは変わりない。

表面上は、戦前を完全に否定する主義だが、民主主義など名前だけの完全なる偽装。

保守派の重鎮・渡邉恒雄讀賣新聞グループ会長は、

『新聞は権力の横暴の監視・告発ではなく、権力の職務遂行のお手伝いをするもの』

と幹部を集めて声高に命令した歴史がある。

戦後すぐは、そういうマスコミの王道を行く大手ジャーナリズムが存在したかもしれない。

しかし、ナベツネさんの心配も取り越し苦労である。

日本の大手マスコミは、権力に阿(おもね)り権力が満悦する事を選択し、大本営発表の広報機関に自ら進んで就任している。

その為、天皇及び皇室は現在も磐石に安泰。

何が凄いのか答えられる人はほとんどいないはずだが、自らに盲目になって従属している。

そういう完全なる錯誤を、黙認する国民性を完全に確率している証拠だ。

だから、保守派の好きな戦争へまっしぐらである。

戦争を声高に叫ぶ人は、自分及び周りの人が戦争の最前線に送られる心配が無いから勇ましくなれる。

だから、その戦争ごっこのゲームの駒には権力者の遠くから徐々に招集されるので、心配なくそれを楽しめる。

戦後民主主義は革新派のものと思われていたが、日本に限り結局は保守派の思うがままになる。

だから、保守派の皆さんもいずれは自分達の手の中に帰ってくるので、戦後民主主義を毛嫌いしないで欲しい。

疑問を感じず物も考えない国民性は、戦前も戦後も全く変わりない伝統である。

保守派の皆さん、自信を持って戦争ごっこに邁進してください。

合掌。

  1. 2008/08/13(水) 21:59:58|
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プロフィール

Author:善導義塾塾長
1974(昭和49)年生まれ。日本体育大学卒で現職は御荷物三流ドアマン。趣味は、
・乱読(遅読派)
・アジテーション(扇動)
・権力の不正濫用に抵抗する事
・金をかけないトレーニング(鉄棒・平行棒を中心とする自重トレーニング、プライオメトリックス、SAQ等)
・日帰り低山登山(締めは立ち寄り湯)
このブログを基盤に、権力の腐敗を監視糾弾する為の執筆活動及び政治活動・社会運動に没頭したいというのが夢です。

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