明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。
年始と言う事で、それに相応しい話題を書かせていただきます。
年始と言うと、誰しもが思いを新たにこの一年を有意義なものにしようと少なからず意気込むものであると思います。
私も毎年、意気込みだけはそう思うわけです。
しかし、年末になるとその意気込みに反し消化不良の結果に終わりそうな事に対して自己嫌悪に陥る事が多い。
ただ、人生と言うのはそうそう満足感に浸れる時期と言うのはそれほどない。
常に、目に見える形で前進できる事は人生の中で少ないと言うのが現実なのである。
この割りきりがあれば、焦らず一歩一歩歩んでいける。
しかし、私もそうだが無性に焦ってしまい、かえってそれが停滞への原因になってしてしまう人も多いはずだ。
そういう方々に、年始に送りたい言葉が、
「人皆知有用之用而莫知無用之用也」
という中国の思想家・荘子の言葉である。
意味は、人みな有用の用を知りて、無用の用を知る無きなり。
つまり、一見無用だと思われるものの中に、有用なものがあると言う真理である。
人は、有用なものにだけ眼がいってしまう傾向が強い。
「10年一昔」
と言われた時代から現代は、
「5年一昔」
と言われるスピードアップした時代を迎えている。
だから即効性を求めるあまり、有用なものだけに眼がいってしまう。
しかし、荘子のこの教えは無用なものこそ意味があると言う事を教えているのである。
正月休みも終焉に近づいている方も多いだろう。
私ももう少しである。
そういう時は、こういう焦りが非常に出やすい。
特に、日本人は長期休暇にこういう焦りを抱きやすい人種と言われている。
西洋人は、バカンスという長期休暇を楽しむ習慣がある。
しかし、日本人のように焦燥感に苛まれる人は少ないと言う。
それには、西洋人にはこの老子の、
「無用の用」
の割り切った考えが身についているからであると思う。
休暇を、思いっきり楽しめないようでは仕事なども集中できない。
何もしない事に、焦りではなく価値を見出せるようになる事でこの真理を得る。
今後の構想を立てるのは良いとは思うが、長期休暇に焦燥感に苛まれるのは、休暇も楽しめず、休暇明けの仕事への活力も充満できない。
無い無い尽くしになってしまう。
だから、この老子の教えを胸に、まだ正月休みがある方は、残り少ない正月休みを思う存分楽しみましょう。
そして、人生においても一見無用と思える事への価値を見出して、焦らずやっていく事も心掛けましょう。
短期的な視野も必要ですが、長期的な視野も至極大事。
冷静に意気込んでこの一年を送りましょう。
(2008年1月2日)
- 2008/01/14(月) 13:13:57|
- 人生の教化書・一日一話
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紀元前六世紀頃にイソップによって作られたイソップ童話。
実は、その中には多くの教えがある。
童話というと何か、子どもの読むものという感覚があるが、イソップ童話には現代でも通じるイソップという先人の知恵がいっぱい詰まっている。
その中で、今回紹介したいのは「北風と太陽」。
まず、簡単にその物語を紹介しよう。
ある日、力自慢の北風と太陽が力比べをしようと話し合います
そこに,ある旅人が歩いていました。
北風は太陽に言いました。
「あの、旅人の厚いコートを脱がした方が勝ちにしよう」
と。
先攻は、北風。
旅人のコートを力づくで剥(は)ぎ取ろうと、渾身(こんしん)の力で北風を旅人に吹きかけます。
しかし、旅人はあまりの寒さにコートを被(かぶ)り、強い風に負けずコートが飛ばされないように手で押さえ始めました。
それに負けじと、北風は旅人に向けて吹きかけますが、旅人はコートを更に押さえるばかり。
力を使い果たした北風は疲れきり、諦めます。
次に、太陽が旅人に挑みました。
しかし、太陽は無理をしませんでした。
太陽は、旅人を暖かい日光でポカポカと照らします。
そうすると、強い北風ではあまりの寒さに頑(かたく)なにコートを着ていた旅人が、そのコートを自ら脱ぎ去って裸になり、近くの川に飛び込んだのです。
勝負は、無理矢理コートを脱がそうとした北風ではなく、コートを脱ぐように仕向けるようにした太陽に勝ちました。
というような物語です。
その教訓とは何か?
つまり、
人心は、強制では動かないし反対に拒否反応を起こすが、自ら動くように仕向ける事で自動的に心が動いて思い通りの行動へと導く事が出来るという教訓である。
ここ数日は、民主党の小沢一郎代表のプッツン辞意表明から、舌の根も乾かない内の辞意撤回の醜態が世間を騒がせている。
小沢代表は、自民党時代から田中角栄 元首相の秘蔵っ子として若い時から権勢を揮い、「壊し屋」として唯一無二の政治的腕っ節を持った政治家という幻想をも維持して神格化されてきた。
今回の事で、小沢自身の自滅で、脆(もろ)くも国民にもその幻想の化けの皮が剥がされた。
時間は戻せないが、もし誰かがプッツン辞意表明前の小沢の近くにこのイソップ童話の「北風と太陽」の話で諭してあげれる人がいれば、ここまで維持してきた化けの皮が剥がれる事はなかったと思ってしまう。
参院選で、自民党をぶっ壊しかけた。
その勢いがまだまだあり、年明け後に噂される総選挙での政権交代も夢ではない時であっただけに何と惜しい事をしたか。
それに、野中広務 元官房長官が国政にいない今。
屈指の政治的腕っ節を持った豪腕であるという幻想を維持したまま政治生命をまっとう出来たはずなのに、今回の醜態で化けの皮が剥がされ晩節を汚してしまった。
どこの世界の指導者や権力者もそうである。
力があるから、トップに立ったわけではない人も数多い。
幻想で、トップに立った人の何と多いことか。
それを維持しながらその世界でまっとうする。
その為には、「北風と太陽」の精神が必要である。
幻想でトップに立とうと、勢いでのし上がれただけで、小沢代表のように自滅で足を引っ張ってしまったトップも数多く存在した。
それを免れるためには、自ら勉強するしかない。
トップに立ってからの勉強でも、遅いということはない。
その謙虚さが、カリスマ性を増す事の出来るトップへの階段を駆け上がれる事ができる切符である。
もちろん、これからトップを目指す人には反面教師として、そして訓戒として覚えていただきたい。
強制によって人は動く時もある。
しかし、人はそういう窮屈さで動いたとしても心は動いていないものである。
それに、強制によって動いた心には自主性が育たない。
その為に、その人自身も本当の実力はつかないし、集団としても自主性の無い人任せの集団になってしまう。
それは、真の実力を築く事は出来ない。
また、強制による人心掌握は、動くように仕向ける方法より、時間は総体的に短い。
しかし、効果は自ら動くように仕向ける方法の方がある。
だが、時間がかかる。
その為には、待つ事を覚えるしかないのである。
信頼して信用して、待ち続ける。
人は信用や信頼に応えようとする習性があります。
一度、信用や信頼に応えて、その関係が築かれるとそれは強制による関係よりも、それは強固になります。
これは、古くて新しい教え。
肝に銘じて、その先人の教えを甘受いたしましょう。
(2007年11月9日)
- 2008/01/14(月) 13:12:15|
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